20.一攫千金
「魔法使いを雇う、ですか?」
「うん。ほら、セリアと一緒に解雇された宮廷魔法使いを呼び戻したりとかしてさ」
王城内にまた兵士を置いたり給仕を入れたりというのは、必要がないのでやるつもりもないが。けれどあまりに過度な労働を強いられている三人の負担を少しでも散らしてやるために、政務の人手を増やすのは有りだと思う。
それを魔法使いに限定したのは、魔法が使えない人間より遥かに便利で潰しが利くからだ。セリアと同じく宮廷魔法使いに選ばれたほどの人材なら優秀なのは折り紙付きで保証されているも同然で、審査の手間いらずで雇うことができる。
それに、魔法使い相手なら俺からもできることが多少はあるだろうという目算もある。
「なるほど……少数かつ即戦力を前提にするのであれば、確かに魔法使いを雇用するのが賢明でしょうね」
「だろう?」
俺が魔法使い贔屓というのもある。セリアも薄々そのことには気が付いているだろうけれど、それを踏まえてもやっぱりこれは悪くない案だ。その肯定が得られたことで俺はちょっと嬉しくなった。
「そもそもだけど、セリアはどうやって魔法を覚えたんだ? 独学か、誰かに習ったのか」
「元々ある程度は自己流で魔法を使えたのですが……その才能を魔法学校の学校長に認めていただき、入学の運びとなりました。本格的に私が魔法使いの道を進み始めたのはそこからです」
「魔法学校!」
なんて良い響きだろうか。そんなものがこの国にあったとは。
「今はもうありませんが」
「え……」
「ご高齢だったためにだいぶ前に学校長が亡くなり、教鞭を取れるのが彼一人だったためにこの国唯一の魔法学校もそこで解体となりました。と言っても、元々学校長が私財を投げ打って経営していたものなので、単に私たち生徒が散り散りになったというだけのことですが」
「じゃあセリアはちゃんと卒業できていないってことか」
「はい。そもそも魔法は生涯にかけて習熟するものなので卒業という概念自体がないはずですが、それでも学校長に許された者は栄えある『卒業生』の肩書きを手に入れ学校を出ました。私が知る限りはそれもほんの数人しかおりませんが」
卒業生も少なければ在校生も少なかったらしい。しかも、生徒らは大半がセリアよりもかなり年上だったとか。学校というよりも私塾の雰囲気だな、それは。一代の経営者がいなくなって解散になる辺りもそれっぽい。そして宮廷魔法使いとして雇われた五人の面子も、モロウを除けば全員が魔法学校の同級生(?)であったらしい。
「セリアとモロウ以外の残る三人とは元からの知り合い同士ってわけか。なら話も早い、もう一度雇い直すこともしやすいんじゃないか?」
「まだ王都に、もっと言えば国内に彼らが残っていればあるいは……探し出すのには少し時間がかかるかと思われますが」
「む、それもそっか。すぐに解雇されたともなれば国を見限って出て行っていても不思議じゃあないな」
「ですので、むしろそれ以外の元学校生を当たったほうがスムーズかもしれません」
「あー、そうかも」
納得して頷く。先に魔法使いとしての一応の完成に至った(と思しき)卒業生でもいいし、他の同級生でもいい。まだ王都内に残っている可能性も高く、王城で苦い思いをしていないので変にこじれる心配もなさそうではある。
「例えばいるかな? その同級生の中で、セリアが是非とも同僚にしたいっていう人物とかは。できれば役人か魔法使いどっちかの才能がキラリと光っているようなの」
「役人として……がどうかはともかく、魔法的技量で言えば優者も何人か思い浮かびますね。卒業生は勿論のこと、同級生の中にも私を上回る優れた使い手はいましたので」
自分には伸びしろがないと卑下するセリアではあるが、魔法使いとして一定以上の技量を有しているという自負もありはするようで、そんな彼女が自らよりも上の魔法使いだと素直に認められる相手となれば……この目で直接確かめてみないと確かなことは言えないが、まあ、それなりに期待くらいはしてもいいはずだ。
ふむふむ? 魔法式の並行構築を容易くやってのける純粋な魔法使いタイプに、変わり種の呪文を得意とするトリッキーなタイプ、そして一人だけセリアよりも年下だったという幼き才人。ほほう、どいつも面白そうじゃないか。ざっと聞くだけでも皆欲しいと思えてくる。
「問題になるのはそいつらの人となり。と、そして何より──」
◇◇◇
「まことに遺憾ながらイデア様。雇う金がございません」
「やっぱり?」
はあ、とモロウの言葉に俺は嘆息する。ま、グラフで見せられて国庫の具合はなんとなく頭に入っていたのでそんな気はしていた。しかしそうか、一人雇うだけの金策も現状は用意できないほどか。これは俺の予想を超えていたなー。
「王城の維持費に必要最低限。それ以外は全部正しく国のために使っているんだよな?」
「誓ってそうしております。王族らの私用にばかり費やされていたそれらを正しく国中とその未来へ分配している最中ですが、税源自体が減ったことによりカツカツであることは否めません。改革を優先するために今は支出が上回っているところでもありますので、たった一人といえどもその給与へ充てられる金は存在しないのです」
「だから給料なし休暇なしでお前たちが大働きするしかないわけだ……なあ、体調とか大丈夫か?」
「はい! 元々僕には人並み外れた体力がありましたし、ダンバスもイデア様謹製のハーブティーを常飲しているために『ちっとも疲れを感じませんわい』と言っております! そうだな!?」
「まさにまさに」
「なので僕たちのことなら気にしていただかなくとも──」
「いや気にするって」
しないわけにはいかないって。
強がりとかではなくモロウもダンバスも、そしてセリアですらも本当に平気そうにはしているものの、この職場が他に類を見ないほどのブラック度合いであることは否定しようもない。比喩ではなくそれぞれ百人分ぐらいの仕事をこなしている彼らだが、いつそれが崩れるとも限らない。次善策を講じるという意味でも、そして改革をもっと余裕を持って進められるようにするためにも、ここで俺が勘案すべきことはひとつ。
「金稼ぎだ……! 一攫千金の手法はないか、ダンバス!」
「ありますぞ」
「あるんだ!?」
おったまげた。そんな都合のいいものがあったら実践している、なら一緒に頭を捻ってみようという流れを想定していただけにあっさりと頷かれてしまうと上手く言葉も返せない……え、稼げる方法を思い付いているなら何故やらないの?
「ワシらにはできないことだからですじゃ」
「つまり俺にならできることなのか」
ここ数日、オーリオ領のように不作に苦しむいくつかの地域の土地を回って再生させたりもしてきたが、その成果が国財となって表れるのはまだまだ先のこと。俺にできることであっても今すぐにまとまった金が手に入らないことには意味がないんだが、それを考慮した上でダンバスは一枚の資料を渡してきた。
「これは……?」
「題は『国交ノ結ビ』。えらく古い書式で書かれた他国との条約ですじゃ。時期的に三代前の王の時代からのものでしょうな……埃を被っておりましたわい」
「んん? リルデン王国の国交と呼べるようなものはとっくに途絶えていたんじゃなかったっけ? なんでまだこんな書類が残っているんだ」
紙一枚とはいえ国印──前王の家系を示す印のことだ──が押されたままなんの訂正もされていないからには、これの効力はまだ生きていることになる。
俺が王になって前の王家は途絶えているものの、それと書類上の話とはまた別。王位を継承したからにはその国の持つ全てを、こういった他所との繋がりも含めて受け継いだことになるのだ。なので今後俺が正式に国印を改めることになっても、直ちに旧い国印が無効になることはない。
「これが残っているのは愚物であった先々代とそれにも勝る愚物であった先代の管理が杜撰であったからと言う他ありませんわい。おかげでカビが生えてようとこの書類はまだ有効ですじゃ。しかし王の血筋が根絶し、まったく新しい王が誕生したこと。そして国名まで変わったことで実質この国は生まれたての新国家も同然。扱い方次第では旧態依然の国交条約も『なかったこと』にはできますでしょうな……少々強引なやり口ではありますがのう」
「やろうと思えば屁理屈のゴリ押しができなくもないってことね……」
しかし話の前後からすると、この有名無実と化している『国交ノ結ビ』とやらをビリビリに破いて破棄したところで俺たちには一銭の得にもならない。ということはその逆に、破棄しないことでこそ金策の道が開けるということになる。
俺がそう考えたのを理解したようで、ダンバスは厳粛に頷いてみせた。
「魔法学校の長であった男とはワシも知己の仲でした。あいつが育てた魔法使いであれば雇い入れることに否やはありませぬ。そのためにイデア様が行動を起こされるというのであれば、是非聞いていただきたい話があるのですじゃ」
「ふんふむ。その話っていうのは?」
「はい。実を言いますと式典の後からこういった打診がありましてのう……モロウ殿」
「これです、イデア様」
打診とはなんぞや、と手渡された新しい紙を見てみれば、そちらは書類ではなく手紙のようだった。そこにも国印が押されているが、それは旧リルデン王国のものとは違う形をしている。あ、と俺は声を出す。そこにあるのは『国交ノ結ビ』にもあったもうひとつの印とまったく同じものだと気付いたからだ。
「使者に持たせて届けられた書簡です。形式としては新王への挨拶状として出されていますが、内容を噛み砕いて要約すれば──『親しき王同士で話をしないか』とそこには書かれております。差出人は先の条約を締結した、隣国『セストバル王国』の国王その人です」




