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19.ブローカー

「もうダメだな、この国は」


 数えていた『紙幣』という新しい金の束を机上に叩きつけるように置き、禿げ頭の男はそう吐き捨てた。部屋には彼以外にも二人。禿げ頭と似たような薄い麻布の服を着た人相の悪い茶髪の男と、こちらはもう少し質のいい作りであるローブを纏った壮年の男がいた。彼らは禿げ頭のぼやきに言葉こそ返さなかったが、耳を傾けてはいるようだった。


「商売上がったりとはこのことだ。仕事のしやすさが売りだったのになんでこんなことになっちまったんだ?」


 健全とは言えない稼ぎ方で手に入れたその金をぽんぽんと手の甲で叩きながら男は口を歪めた。そこには怒りよりも諦めの気持ちのほうが多くあった。


 彼の生業は斡旋業。様々な理由で金に困る者を見つけては──特に貧民街スラムでこそその人探しが捗ることは言うまでもない──様々な犯罪行為のプロデュースをしてやる。ここ王都で彼らの存在は『ブローカー』の名で裏社会に通っている。貧困層の中でも僅かな金も寝床もない、あるいは食べさせてやらねばならない誰かを抱えているような切羽詰まった者たちにとって『ブローカー』は最後の拠り所となっていた。


 勧めた仕事・・が成功すれば手に入った総額の四割をいただき、失敗すれば何も貰わない。シンプルな報酬体系ながらに入念なリサーチの下に明日のない者を差し向けた数々の斡旋はその大半が上手くいき、彼らの実入りも少なくなかった。失敗者にペナルティを下すこともしない。なので仮に市衛に捕縛されるという失態を犯す者が出ても尋問中にその口から『ブローカー』の名が出ることは決してなかった──犯罪に手を染めざるを得なくなった者からすればそれは同じ境遇の仲間たちを死なせることと同義であるからして。


 王都に蔓延している軽・重犯罪のおおよそ半分近くが『ブローカー』の斡旋によって誘発されているという驚異の事実を知っているのは、ごく一部のお得意様と彼ら自身のみ。まさしくリルデン王国の中枢に巣食う邪悪こそが彼らであった──しかし。


 仕事のしやすさ、というよりはさせやすさ・・・・・と隠れやすさを見込んで十年も腰を落ち着けていたこの国が、ここしばらくの間に大きく変わってしまった。まずもって名前すらも以前とは違う。リルデン王国改めイデア新王国となり、なんと歴史的な愚王としてなじられていた前王に代わりあの『始原の魔女』が王位を得たという。


 いったい何がどうなってそんなことになったのか。始原の魔女の実在すら信じていなかった側の禿げ頭やその仲間たちからすれば妙な夢でも見させられているような感覚だったが、そんなことよりもいっそう重大なのが新政権の確立に伴った政策の変化であった。


 犯罪の温床、その原因となっていた王族・貴族の存在がまるっと国から消えて、吸い上げられていた金が逆に市民へと降り注ぐようになっている。紙幣という紙で出来た金が流通し始め、王都のみならず国内の金流がガラッと様変わりしていること──勿論それは大半の国民にとっては良い方向へ、ブローカーにとっては悪い方向への変化だ──は既に確認済み。


 教育と福祉への投資を加速させながら貴族に次ぐ上流階級の民にはその子どもたちへの見返りを約束し支援を求め、中流階級には経済の活性化でいずれ上流を目指せるよう副次的な、そして下層たる貧困階級には直接的な支援を行う。この街で起こっているのはただそれだけだが、それをするのがどれだけ現実離れしていることか。


 税を軽減しながらもそれらの全てを余さず国民のためだけに使う。前政権とは対照的過ぎる、あまりの滅私奉公政策。これでどうやって国営側が成り立っているのか王城内の有り様が彼らには疑問で仕方がなかったが、しかし待てど暮らせど予想した破綻は訪れない。


 その間、しぶとく阿漕に商売を続けていた彼らではあるがやはり以前のようにはいかなかった。何せ日に日に利用者とその候補は減っていく上に、街中の特定の場の警備も厳しくなってしまった。国が全力でスラムをなくそうとしているのがよく伝わってくる……当然、スラムと二人三脚でやってきたブローカーには堪ったものではないが、当人たるそこの住人たちはありがたく新政権からの恩恵に与ろうとする。これまで築き上げたものが崩れていく様を彼らは目の当たりとしているところだった。


 その象徴たる手元の金を見て、禿げ頭は言う。


「これっぽっちだぜ、新王が即位してからの稼ぎは」


 出回り出した新しい金と、以前までの金貨と銀貨、それから銅貨。机に並べられたそれらは一見すればそこそこの大金に思えるが、稼ぐのにかけた期間、使った人員を考えれば小銭もいいところだった。これはブローカーの純利益には違いないが、しかし仲間はこの場の三人だけではないのだ。数ヵ月もかけてこれでは話にならない。


 紙幣の相場も把握済みであるからして、前なら同じ期間でここにある金額のざっと三倍以上は稼げていたのは確実。故に、組織内でもリーダーのような立場にいる禿げ頭は無益なことだとわかっていても愚痴が止まらない。


 そんな男に、それまで黙っていた茶髪が皮肉な笑みを浮かべた。


「んなこと言っても仕方ねえさ。そりゃここは天国みたいな環境だったがよ、時勢ってもんはあらぁな。知らず俺たちをお助けしてくれてた贅沢貴族様がもうどこにもいねえんじゃどうしようもねえぜ」


「まだ信じられねえ思いだ……一年と経たずここまで国の様相が変わっちまうとはな。いや、それでもまだ変化の途中なんだろうが……ちっ、新王ってのはいったいどんな化け物なんだか」


「その通り、言い得ている」


 と、禿げ頭の呟きを拾ってローブの男が口を開いた。彼が話に入ってくるとは思っていなかった二人は思わず顔を見合わせ、それから彼に言った。


「そーいやあんた、例の式典に出向いたって話だったよな」

「てことは実際に見ているわけか、例の始原の魔女を。どんな奴だった?」


「どうもこうもない。お前の言う通りの『化け物』だ。それ以外にアレを表す言葉を私は知らん」


 そう言い放った男の顔色は良くない。彼は思い出しているのだ──『半年前』に目にしたものを。始原の魔女を名乗った少女が群集へ見せつけた、圧巻の一言ではなお足りない馬鹿馬鹿しいまでの魔力量を! 魔力操作に関しては一角の自信のあった男が、まったくもって自らと比べる気にもなれないほどの魔法的脅威がそこには顕現していた。


「アレには……逆らってはならない。目を付けられてもいけない。もしそうなれば私にはどうすることもできない」


「へはっ! おいおい、それが自称この国一番の魔法使い様の言うことかぁ? 魔法学校卒業生の肩書きが泣くぜ?」


「なんとでも言え……ただし。私にどうすることもできんということは即ち、お前たちの一巻の終わりでもあることを忘れるなよ」


「そりゃそーだ! へはは」


 仲間内では新入りの部類であるローブ男へ揶揄い混じりに笑いかける茶髪だったが、禿げ頭のほうはより深刻に魔法使いの言葉を受け入れた。


「リスクはデカくなった。リターンは縮んだ。……やはりダメだな。河岸を変えよう」


「お! とうとうその気になっちまったかよ」


「ああ、これ以上機を待っても無駄だ。なるだけ早く引き上げよう──だがその前に」


 国を移り、次の商売に着手する。しかし今の形態そのままに引っ越しが済むと考えるのは楽観が過ぎる。最悪斡旋業の形が取れなくなってもやっていけるように、ここで有用な人材を拾い上げておきたい思いが禿げ頭にはあった。


「おっさん。あんたは便利な奴だ。引き込んでよかったと心底思ってる」


 ふん、とローブ男が鼻を鳴らしたのを返事と見て彼は続けた。


「そこでだ。あんたとあの女以外にも魔法使いをもう二、三人ばかし、なるだけ使える奴を持っていきたい。……魔法学校を出たっていうあんたなら、そういう奴にも覚えがあるだろ?」



◇◇◇



「何がなにやらさっぱりわかんない」


 ここ最近の変化をグラフの一覧にまとめられて提出されたが、目がまー滑る滑る。なんのこっちゃ理解ができなかった。いや侮っていたね……国を運営するっていうのはこんなにも大変なんだな。見るべき要素が多すぎるし複雑すぎる。


 という俺の泣き言に、セリアはクールに応えた。


「全てを理解していただかなくとも結構です。こういった政策方針である、ということだけを大まかに把握さえしていただければそれで」


「んー、まあそれくらいならできてはいるけど……」


 モロウとダンバスがほぼ不眠不休かつ現段階では完全無給という恐ろしい働き方で──二人には及ばないがその手伝いをしているセリアも大概だ──数々の大掛かりな施策を取り、国に急激な転換を促そうとしていることはわかっている。


 式典の終わりから、つまり『十日』ばかし前からより強い政策が実行されるようになり、近く王都内の警備体制も刷新されるとのことで、ますますもって街の活気は増していくだろう。その流れをただ上から眺めているだけの俺はちょっと蚊帳の外感が否めない……いや、お披露目を終えたあとにもちょくちょく俺にしかできないことをやってきてはいるけどね?


 けれどこうなればいよいよ、以前より気にかけていた根本的な問題を解消すべきじゃないかという思いが鎌首をもたげ、無視することができなくなってくる。


 根本的問題。それつまり、現体制の圧倒的な人手不足についてである。


「なあセリア。俺からのちょっとした提案なんだけどさ」


「なんでしょうか」


「この王城に──魔法使いをもっと雇わない?」



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