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18.喝采しよう

「ういーす。おはよう」


 なんやかんやと時間が経って、気が付けば式典の開催その日になってしまった。はてさてどれくらいの観衆が集まるんだろうかと気にしながら王城へ跳び、事前に教えてもらっていた広場を見渡せるポイントまで移動。そこには先にスタンバっていたセリアがいて、挨拶をした俺にダッシュで近寄ってきた。


 その表情があまりに真剣だったものだから、俺は首を傾げる。


「イデア様、お着きになったのですね!」


「ああ、たった今ね……でもどうしたの、そんなに慌てて。何かトラブルでも?」


「トラブルと言いますか……ご到着が遅いものですから、式典の進行が危ぶまれていたのです」


「え」


 なんと式典の開始時刻を一時間ばかり勘違いしていたと判明。始まる前に一緒にスタンバイしておくつもりが、今がまさに式典の真っ最中であるようだった。


「前政権から唯一続投しているダンバス様が開式の言葉から間を繋いでいるところですが、このままでは話さなくていい内容まで国民に聞かせることになってしまうでしょう」


「それはよくないね」


 この国にラジオみたいに便利なものはないので(他国はどうか知らない)国中に聞かれてしまうわけではないが、セリアが言うには集まった民の中には王都外からの訪問者も多くいるらしい。なのでどのみち式典での出来事は全て瞬く間に広まっていくことになるだろう。前王と俺の交代際の諸々はボカしにボカすと決めているだけに迂闊なことを話せない制約があるダンバスは、おそらく現在進行形で相当な苦戦を強いられているはずだ。


「しまったなぁ。原稿を今からざっと覚えて自分なりに話すつもりでいたのに、もうそんな時間もないっぽい?」


「はい。予定通りなら既にイデア様のお顔見せは済んでいるはずですので」


「はぁー、仕方ない。遅刻した罰だな」


 ダンバスに替わると言ってくれ、とセリアに頼む。さっと駆け出した彼女の後ろについていけば、おお。確かに聞こえるではないか。さざめく群衆の気配というか、密集して重なり合った吐息が通路の向こうの光からここまで届く。


 あそこから皆を見下ろして喋るわけだが、さーてどうしようかな……頭の中の台本は完全に真っ白なんだけど。これから書き込むつもりだったからね。



◇◇◇



 人々は人々を見て驚いた。王城前広場にこれだけの人数が詰め込まれているところなど過去目にしたことがなかったからだ。この場所の用途と言えば前王が思い出したように人を集めては己の偉大さを王妃や王子たちに語らせるか、あるいは自らの口で広めるための、極めてくだらない場でしかなかった。当然聴衆がそんなものを好き好んで聞きにくるわけもなく、王城周辺に住む市民が王権の名の下に無理矢理集められて長話に付き合わされるだけのまったくもって意義のない時間を生み出すのみ。広くはあっても一応は王のための場所、普段は市民の立ち入りが許されない空間であるだけに、その面積が有効活用されているとはとても言い難かった。


 ところがどうだ。その広さを事前に確かめた始原の魔女が『すごい無駄。超無駄。デッドスペースの極み』と切って捨てたこの広場も、今ばかりは狭苦しいことこの上ない。王都の民は勿論、その外部からもこぞって集まった聴衆らの数はそれだけ新王へ向けられた興味の度合いを可視化させている。こんな光景は通常ならあり得ないことだ──しかしあり得ないと称するのなら他ならぬ新王にこそそれは相応しい言葉である。


 王子が継承権に則って王位を継いだというのであれば、新王の即位式だろうとこんな盛り上がりを見せるはずもない。全てはやはりイデアという存在。噂に名高き始原の魔女がリルデン王国の……否、『イデア新王国』の初代王になるというのだから国民としては興味を掻き立てられずにはいられないというもの。


 そこには無論のこと困惑や不安も大いに混ざっているが、愚物だった前王とその近縁者が国の頂きより消えたことへの喜び。そして何より貴族粛清、市政改革とこれまでの常識からすれば起こり得るはずもないことが既に起こっている現実。これらが国民の、とりわけ変化の発端であり中心地でもある王都の民の抑えきれない期待となって今この場で発露されていた。


 就任即日に領地のひとつを物の見事に再興してみせたという逸話も広まっており、それを確かめた証人も出てきていることから、既に始原の魔女の伝説の新たな一ページとなっている。そんなことを可能とするならやはり本物か。偽物だとしても、ではその正体は何者なのか。真偽に関しての関心も含めて市井の語り草となっている新王の登場を、今か今かと待ちわびる。


 もう間もなくだと予告があってから優に三十分は経っているが、王城の一部である小さな塔の壇上では未だに老いた宮廷魔法使いがその弁舌を振るっている。しかし多くの者が新王の登場に焦がれ聞き流している中でしっかりと理解に努めている幾人かは、彼の話が表現を変えながらループしていることにそろそろ気が付き出した頃合いだった。老人の長話に皆が辟易とし始め──痺れを切らす直前に、まるで見計ったように彼は演説を締めて壇上から去った。いや、それを言うのならこう表現すべきだろう。


 聴衆の心情を見透かしたようなタイミングで、その少女は壇上に立ったのだと。


「………………」


 沈黙。真一文字に口を結び広場の端から端をゆっくりと見回す真っ黒な少女の姿は、下から見上げる構図であってもなお小ささばかりが目立った。ともすれば矮小にも映りかねないその体躯や幼い顔立ちをここにいる誰もが確かめて、されど彼女を侮る者は一人としていなかった。


 何故? 理由は簡単だ。これだけの人数を前にしての堂々たるその佇まい、その黒い眼差し! 睥睨という言葉がよく似合う少女の態度に人々は吞み込まれる。物理的な圧すら伴うであろう視線の群れに動じることなく、むしろたった一人でそれを優に超越した隔絶の存在感が壇上の彼女にはあった。


 老人が話していたときは騒めきの止まなかった広場がぴたりと静寂に包まれているのがその証拠。個人が群集によって気圧されるのではなく、個人によって群衆が気圧されるという異常事態。それを引き起こした原因ながらに、少女はこんなことはさも当然であると言わんばかりの平左な顔付きで口を開いた。


「まずは集まってくれたことに感謝を。式典の場で正式に名乗らせてもらおう──俺がイデアだ。『始原の魔女』のほうが通りはいいだろうが、国名にもなる名だ。こちらも覚えてほしい。……で、だ。前王に何があったのか、この国がどうなっていくのか。それはもうダンバス翁がじっくりと語ってくれているので俺の口から繰り返しても仕方がない。じゃあここに立って何を話すべきだろうか、と今の今まで悩んでいた。けれど、俺が諸君らに示せるものは何か。諸君らが俺に求めているものはなんなのか。それを考えたとき自然と決断は下った」


 染み入るような声だった。一同を威圧するような眼光の鋭さとは裏腹に、少女の声音はどこまでも人々に寄り添うような優しささえ湛えたものであった。陶然と聞き惚れる国民を前に小さな王は腕を掲げた。


「必要なのは言葉じゃない。行うべきは聞かせることではなく見せること──いや、魅せる・・・ことだろうとな」


 振動。あるいは波動か。壇上の少女が放つ見えない力の鼓動を皆が受け取った。それがいったいなんの兆候なのか人々が理解する前に、高められたその力は解き放たれた。


 遥かなる空へと向かって。


「祝いの場だ。派手にいこうじゃないか」


 色取り取りの蝶の群れが舞う。それを追いかけるように青い鳥と白い鳥が無数に躍る。そしてその更に上空を虹色に鱗を輝かせる龍が縦横無尽に長い身体をくねらせて泳ぐ。華やかに光る無数の生き物たちは見る者を幻惑するほどに美しかった。群衆はただ呆然とその光景に目を奪われ、開いた口が塞がらない。ひとしきり空を彩ったその幻想生物たちは、それを一心に見つめた観客の反応に満足したかのように一斉に天高く昇って行き──煌びやかに爆ぜる。そして無数の閃光となって散り落ちていった。


「喝采しよう。俺の即位にじゃあなく、諸君らの洋々たる前途に。今し方目にした光景のように今後この国は美しく豊かになっていく。俺がそうさせる。だからまあ……どうかよろしくね」


 最後の最後にはにかんだ少女の笑顔は、ある意味で幻想の花火以上の破壊力があった。未知なる魔法で彩られた歴史上にも類を見ない破天荒な即位の挨拶に、しかし爆発的な拍手が巻き起こったのは言うまでもない。


 かくしてイデアは国民からの厚い歓迎を受け、名にも実にも新王国を率いる者となったのだった。



◇◇◇



 語る言葉もなくここに来た俺は武器を持たず戦地に立った新兵も同然。そんな絶望的な状況ではどうしようもない。想像以上の人数に驚いていよいよにっちもさっちも行かなくなった俺は、なのでかえって開き直ることができた。


 そうだ、話よりも魔法ぶっぱが良くね? それで盛り上がったらいい感じになるんじゃない? と閃いたことでそれを即決行。蝶に鳥に龍となるべく縁起のいいやつらに魔力を象って空を漂わせ、適当に爆発させて花火みたいに演出した。すると思いのほかの大反響。どうやら上手いこと皆の心を掴むことに成功したらしい。


 なるべく威厳を出そうと頑張ったのは最後にちょっと照れが出て台無しになってしまったが、誰も気にしている様子はない。むしろそれでいっそう広場の熱量が高まったような気さえする。まあそこはただの気のせいだとは思うけれど、なんにせよ無事にお披露目を終えられて一安心といったところだ。


 さあ、より気合を入れて王様やっていきますかね。……頑張ることになるのは俺よりもモロウとかダンバスだけども。うーん、どうにか休日をあげたい。



ここがちょっとした一区切りですかね

よければブクマ・評価で筆者に活力を恵んでいただけたら嬉しいです!

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― 新着の感想 ―
休日のためには、有能で信頼できる人材を集めないとね。
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