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17.強化合宿

 はて、あの団体はなんだろうか?


 ここから見る限り村を通り抜けてその奥へと続く道を行こうとしているようだが、道は先で三手に別れていて、ふたつはオーリオ領の他の村へ、残るひとつが俺の住処である新『黒い森』へと通じている。勝手な立ち入りは禁止しているのでオーリオ領の住民が無断で侵入してくることはないが、あの連中はどう見ても領民ではない感じである。森ではなく村が目当てだとしても目的が読めないし、ちょっと不気味だ。……妙な輩ではないといいんだけど。


「お待たせいたしました──おお、これはこれは。イデア様ではございませんか」


「やあ、アルフ。元気?」


 品の良い老人が顔を出したことで意識を引き戻される。ここしばらくは王城と自宅の往復しかしてこなかったので顔を合わせる機会も減っていたが、この領に居住を構える際には色々と相談することも多かったものだから、俺としてはもう気の置けない仲だと思っている。地主であるリーナとも、その家令であるこのアルフともだ。だからお願い事もある程度はしやすい。


 アルフはにこりとメガネの奥の瞳を細めた。


「この通り元気一杯でございます。イデア様から頂いたハーブを嗜むようになってからは腰痛とも無縁になりまして」


「あれってそんな効果もあったんだ……? まあ気に入ってくれているなら嬉しいよ」


「はい、それはもう。イデア様もご壮健そうで何よりでございます……それで、本日はどのようなご用件でしょうか。よろしければリーナ様へ直接お話になられますか?」


 この場で聞き出そうとせずすぐに主人と対面させようとするのは、アルフが示す俺への信頼の表れでもある。それを受けてこちらもしかと頷いた。


「そうだな、会わせてくれ。そして茶請けの準備はいいからアルフもそこに同席してくれると助かる」


「かしこまりました、ではそのように……おや? そちらのお嬢様は?」


 招き入れようと扉を大きく開け放ったところで、今まで位置的に影に隠れていたマニを見つけてアルフは不思議そうにする。考えてみれば俺がセリア以外の人間を連れてきたのはこれが初めてなので、こういうリアクションにもなろう。


「俺の使用人だ。今日は彼女のことでちょっと話があってね。紹介はリーナとまとめてでいいかな?」


「ええ勿論にございます。ではどうぞ、お入りください」


 リーナ様をお呼びいたしますので、と言って俺たちを応接室に置いて消えたアルフは言葉の通りちゃちゃっとリーナを連れて戻ってきた。ようこそいらっしゃいました、とカーテシーっぽい仕草を──無教養なのでよくわからないのだ──する彼女は、初対面のときとは見違えて血色が良くなっている。枯れ木のようにガリガリだった手足には薄っすらと肉が付き始め、頬もこけていない。ざっと十歳は見た目年齢が若返っており、彼女本来の美しさが取り戻されてきている印象だった。


「お話とはなんでしょうか? 私、イデア様のためならなんでもしますわ」


 とまあ、この変化から彼女は俺に対して物凄く恩を感じているようで。『始原の魔女』がもたらした恵みによって肥えた大地の食物を食べ、魔女特製のハーブティーを飲み、積年の心労と飢えから解放されたリーナはそれはもう溌剌としている。溌剌と目がカッ開いている。そして折に触れてなんでも命じてくれと向こうから頼んでくる。


 ……少しでも恩義に報いたいと思ってくれているのはわかるのだけど、俺としては少し気後れしてしまう。


 などと言っても、それにありがたく甘えるつもりで今日は訪ねたのだが。


「話っていうのは他でもない、このマニのことだ。アルフにはもう言ったがこの子はうちで雇った使用人でね。服を見てもわかる通り身の回り全般のことをやってくれるメイドになってもらいたいんだけど……如何せん俺にはそのための指導ができない。だから、餅は餅屋。俺から見ても完璧な使用人であるアルフにマニの教育を任せられないかと思って頼みにきたんだ」


「ええ、いいですよ。ね、アルフ」


 ノータイムで応じた主人に苦笑を禁じ得ない様子ながらも、アルフもまた迷うことなく首肯した。


「私にお任せくださると言うのであれば、できる限りのことをいたしましょう」


「アルフは祖父の代からこの家を守ってくれている名スチュアートですので、きっと彼女のことも素晴らしいメイドに仕立ててくれますわ、イデア様」


「それはいい。是非ともよろしく頼むよアルフ。ほらマニ、挨拶しな」


「よろしくお願いします」


「こちらこそよろしく」


 紳士的に微笑むアルフに対してマニは能面もいいところだが、彼もリーナもそのことに対して気を悪くした素振りは一切見せなかった。国に見捨てられていた辺境地の主従ながら、なんとも人のできた二人だ。俺とマニもこういう風になれたらいいな、とは思うが現状じゃあそういう未来はちょっと想像しづらいというのが本音である。


 早速仕事を教えようとマニと共にアルフが出ていくのを見送ったことで、俺はリーナと二人きりになった。


「このまま何日か住み込みで働かせてやってくれるか? なんなら夜だけ引き取りに来てもいいけど」


「いいえ、朝の用意も学ばせるのならここに寝泊まりさせたほうがよろしいかと。私たちにはなんの問題もないのでご安心ください」


「そうか? じゃあそうしてもらおうかな……ああ、それからもうひとつ」


 マニの強化合宿(?)が決定したところで、先ほど見かけて気になったものを訊ねてみる。


「村を通って行った謎の集団? ああ、それでしたらツアーの観光客ですね」


「え、なに? ツアーのなんだって?」


「ですから『観光客』です。イデア様の即位もそろそろ各地に知れ渡っているようですね」


 なんでも前王を暗殺した悪人を討ったというエピソードと共に、その直後にオーリオ領を救ってみせたという話まで広まっているんだとか。……ははーん、さてはモロウの仕業だな? 俺の気紛れまでプロパガンダにしてしまうとは如才ないというか抜け目がないというか。


 何はともあれ新王の良識とその庇護の効果を知らしめるために新しく語られるようになった始原の魔女の逸話は、その効力を遺憾なく発揮し、なんとこうして離れた地からも魔女の住処を一目見ようと人がやってくるようになったほどだとか。


「少し前からちらほらと話を聞きにうちを訪ねてくる人が増えていたんですが、ついにガイド付きのツアー客の申し込みまでされるようになりました。イデア様がご覧になられたのはその第一弾ですわ」


「第一弾、ということは……?」


「ええ、既に次の申し出も受けております。今後しばらくオーリオ領に来客が続くことでしょう……少なくないお金と共に」


 そう語るリーナの顔はとても嬉しそうだった。寒地寒村に心まで凍てつかされていた以前からすれば現状は確かに夢のようだろうな。良かったね、とここは俺も一緒になって祝ってやりたいところなのだが、それを置いても我が家が観光名所になるのはどうなんだろうか。


「森は遠くから眺めるだけで侵入は無論のこと、接近も固く禁じています。それに村からの有志を募って見張りもさせていますので、どうかご安心を。ああ、無理にやらせてはいませんよ? いずれもイデア様への感謝を少しでも形にしたくて率先し番人に名乗りを上げてくださった方々ばかりです」


「そこは元から心配してないけどさ」


 まず侵入者が出たら俺にすぐ伝わるしね。


 観光名所と言っても見られるのは森の外観だけであって自宅の様子までは窺えないのであれば、いつも転移で移動している俺にとって実害は皆無である。なので懸念と言える懸念はないのだけれど……しかし自分の居場所を誰もが知っているという状況に少し困惑もある。ちょっと前までとはえらい違いだ。俺の中の小市民感覚も居心地の悪さを訴えている。が、それがどうしたという話だ。


 初めこそ戸惑えどすぐに慣れるだろうともわかっているだけに、まあいいかと流しておく。黒い森が見たければ存分に見てくれたらいい。ついでに俺の魔力で潤った大地から採れた作物や畜産も味わってオーリオ領になるだけ金を落としてくれたら、なおいい。村の人たちも喜ぶ。


「そういえばイデア様。ツアー客の方からお聞きしましたが、近く王都で式典を開かれるとか」


「あ、そういやリーナには言ってなかったっけ。そうなんだよ、なんか集まった人たちの前で長々と喋らなきゃならないそうでさ」


「申し訳ありません。ここから王都までは私の足には遠く、あまり長くこの地を空けることもできません。なので心苦しくはあるのですが、私もアルフも式典にてイデア様のお言葉を聞けそうにないんです」


「やーいいよいいよ。来なくていいし聞かなくていい。どうせ面白みなんてないんだから。知り合いがいるとなると俺も余計に緊張しちゃいそうだし」


「まあ、イデア様が緊張ですか? ふふ、それを聞いたらますます参加できないのが惜しく思えてきますわ」


「よしてくれよ。リーナは案外いじわるなんだな?」


「ええ。これでも小さい頃はお転婆で父を困らせていたくらいですので」


 なるほど。ハーブティーのキメ過ぎでちょっと人格変わってないかと密かに不安に思っていたんだけれど、むしろこれが彼女の素に近いようだ。

 だからアルフも無茶振りされてもあんなににこにことしていたんだな……まだ生まれの厳しさを知らず、元気に遊んでいるだけだった頃のリーナに戻ってくれたようで彼も嬉しいのだろう。


 そう納得したところで、応接室の扉が開く。入ってきたのはアルフ、そしてその後ろからトレイを持ったマニも続く。そこには俺とリーナのぶんと思しき紅茶とケーキが乗せられていた。


「彼女が淹れたものです。お客人が持ってきてくださった土産物と一緒にどうでしょうか?」


 ……凄い人だ。一発でマニにお茶の淹れ方を教え込むとは。心底から感嘆する俺の視線に、アルフはやはり上品な微笑みで応じた。



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