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16.殊勝な心掛け

 使用人と付き人は別に考えていて、セリアを用済みとして放るつもりはないこと。流れでそうなっただけであり、前に言った「実験」とは女囚の立場に付け込んで裸を見たり体を洗わせたりするような意味じゃないこと。そしてモロウと同様にマニもまた過去に俺と縁があった人物であること。


 これらを改めてセリアに話した。


 芯から温まってホカホカ卵肌な俺の説明中、彼女はまったく表情を動かさなかった。だが一応の理解は得られたようで。


「事情は承知いたしました。ですが、たとえイデア様の意図がどこにあったとしても差し出がましい口を挟むつもりはありませんので、そのように弁明などなさらなくても結構ですよ」


 これ真に受けちゃいけないやつー。俺との距離が昨日より半歩遠いし。そんなに女の死刑囚と入浴するのって引かれることかな? と思ったが行為だけを客観的に見るならまあまあ倒錯しているな。牢屋でのご対面から数十分で裸の付き合いは確かに普通ではない。


「そんなことより」


 と俺の後ろに佇むマニには何も言わずにセリアはさらりと話を変えた。


「新王国の発足を許可なされたのですね」


「ああ、したよ。これでこの国も名実ともに生まれ変わることになるな」


「リルデン王国の名が変わる。それもイデア様の御名が使われるとは、体制側に属しながら私にもまだ実感が湧きません」


 それはそうだろう。前世の感覚で言えば国名が変わるというのは大したイベントである。他所の国ならニュースで見てもほーとなる程度だが、自分が住むところであれば大騒ぎ間違いなしだ。そして大きなことが起きるからにはそこには当然、大きな理由もあるわけで。


「前王の死去と俺っていう新王の告知・・。それにますます力を入れていくっていうのも、きっと国民らに新王国の住民になったんだと自覚を促すためなんだろうな」


「はい。王都やその周辺のみならず国全体へ周知を行き届かせる。国民一人の取りこぼしもなく……それがなされたときが本当の意味でリルデン王国の終焉ですね」


 王の血統はとっくに途絶えていたけれど、モロウが骸を利用して政治を行っていたことで世間がその事実を知ったのはつい最近だ。報が届いている街や村であってもまだ前王の支配下にいるという思い込みから脱せていない者も多いだろう。


 彼らのそういった意識が変わり、そして『始原の魔女』が国の新しい統治者だと理解できたとき、真実リルデン王国の歴史に幕が下りる。


 そして次なる歴史が始まるわけだ──イデア新王国のまったく新しい歩みとしてね。


「人々の意識改革の一環のために、イデア様にお頼みしたいことがあります」


「ん、なんだ?」


「もうしばらくのちに、新王即位の式典を王城前広場で行う予定なのです。イデア様には集まった人々へその姿のお披露目とお声聞かせをお願いしたく」


「つまり挨拶しろってこと? どんな風に?」


「一言や二言では聴衆も満足が得られないでしょうから……できることなら数分程度はお話になっていただきたいですね。つまりは演説です」


「うわ、面倒くさ」


「ではモロウに却下を伝えてきますね」


「いや待って待って。やるよやるやる、ちょっとぼやいただけだって」


 モロウやダンバスも含めてこの為政三人衆が俺第一主義なのはとうに知っていたことではあるけれど、それにしたって翻意が早すぎやしませんか。俺が少し考えたり意味がわからず質問を重ねただけで重要そうな提案をあっさり破棄しようとしてくる。こっちは転生者ってこと以外は一般人なんだからちょっとは勘弁してほしいよね、まったく。


「挨拶じゃなくて演説ってところに気後れしただけだ。これでも王様を引き受けたんだからそれくらいはやるさ。というか、こんなことで逃げていたら何もできやしないじゃないか」


「それはそうなのですが……しかし私たちの理想とするところは、イデア様に何もしていただかないことです。以前にも申し上げた通り、ただ玉座に君臨している『始原の魔女』の御威光によって治世を行う。そうならねばと努力を惜しまないつもりではありますが、やはり今すぐにというわけにはいかないものですから。こうして泣く泣くイデア様のお手を借りるような提案もせずにはいられません。言うまでもなくそれをあなた様が不本意であると仰られるのであれば、即座に別の案を講じますが」


 殊勝な心掛けではある。冠としてだけの王座というものを真に受けて実現させよう、というその気概は名君になんてなれっこない俺からすれば非常にありがたく、手放しで褒めてやらなきゃならないものだけど。


 とはいえ、それに甘えっぱなしでいいのかというと違うだろう。少なくとも自分の意思で決めたことには違いないのだから、俺も俺のやれる範囲で王様らしいことをしなくちゃあまりに無責任だ。


「引き受けたとモロウにも言っておいてくれ。あとできれば、話す内容の草案とかそっちで考えてもらえると助かる。流れだけ真似して俺の言葉で喋るからさ」


「了解しました」


 粛々と礼をしたセリアに俺もおつかれと言って別れる。まあ向こうはこれからが仕事始めみたいなものだろうけど、俺のやることは終わった。午前中はね。午後にもなればまた耳に入れたり決めたりしなきゃいけないものが出てくるはずなので、それまでは休憩だ。


 新王国が安定を手に入れられるまではこの調子が続くだろうが、言わずもがな大変な思いをしているのは俺ではなくセリアたちだ。俺は慣れない状況に多少の気疲れもあるけれど基本楽しめているのに対し、向こうは使命感という原動力こそあれど作業量がダンチである。そら恐ろしいまでの働き方をしているので黒葉を差し入れにやっているが、まあみるみる減ることと言ったら。


 なんだかエナジードリンクをがぶ飲みしながら何徹もしているブラック社員のようだ……それに比べると三人とも血色も良く疲労もあまり感じさせないのがすごいね。超人かな。


「一旦帰るぞー、マニ」


「はい」


 マニを連れて自宅へ跳ぶ。三度目の転移で感覚を掴んだか、彼女はもう転ばなかった。



◇◇◇



 そういうわけで我が家のメイドさんとなったマニと生活を始めて暫しの間。俺は勝手のわからない教育ってものに悪戦苦闘させられていた。


 というのも、弟子を育てたことはあっても使用人を育てたことがないからだ。アーデラなんかを食わせてやっていた頃は向こうが子どもだったこともあって身の回りのことは全部俺がやっていた。飯を用意して風呂を沸かして寝床を作って。その合間に魔法を教えるという時間割りだった。つまり弟子にやらせていたのは勉強それ一本。俺の負担は大きかったけれども、その頃は今やっているような実験も思いついていない極度の暇人だった時期なので、仕事があるぶんには丁度よかったんだよね。


 ともかく、家事を教えるのは意外と難しいのだと気付かされた。普段なんでも魔力で解決している弊害もあって、俺自身がマニの見本になってやることができない。できないことは暇に飽かしたトライ&エラーのゴリ押しでできるようになるというのが信条であり、実際にずっとそうしてきた俺なので、名選手にはなれても名監督にはなれそうもなかった。根性論しか持ち合わせてないんだもの。


 またマニの覚えもどうにも悪いような気がする。俺の教えが悪いのを差し引いても、何をするにもまず失敗ありきなのはちょっとおかしくないだろうか。食器は割るわバケツはひっくり返すわで何かやらせるとかえって手間が増えるという有り様で、これがなかなか改善しない。落ち着いてやってみろと一度真剣に叱ってみたところ、また見えない兄二人とぶつぶつ会話をしながら掃除を始めたかと思えば今度はあっという間に自宅中をピカピカにしてみせた。


 ははーん、なんかそれが精神的なスイッチになっているな?


 ということは。死んだ兄に頼らなきゃならないほど精神を追い込みさえすれば、いつでもマニは不器用少女から仕事のできるメイドへと早変わりするわけだ……いや、やらないけどね。いくらなんでもひとつ作業をやらせるためにその都度トラウマを呼び起こさせるのは惨い。というかそんなことしていたら彼女はすぐに壊れてしまうだろう。俺はマニに自宅の管理を任せたいのであって物言わぬインテリアになってほしいわけではないのだ。


 そもそも何故スイッチが入らないと何もできないんだろう? 自分の体を俺の世話なしに洗えるようになったのもつい先日のことで、他はまだ自発的にはできない。まずやろうともしない。常に俺の命令待ちをしているが、いざ命じてみてもとんと動きが悪いのはどうしようもない……ううむ。


 もはやマニにもエイドスの魔力をぶち込んで俺流の家事法をマスターしてもらうくらいしか解決策が思い浮かばないので──それなら上手く教えられるがその前に高確率でマニは死ぬ──大人しく匙を投げることにした。というのも、何も俺が教育することに固執せずとも身近に名監督足り得る人材がいるからだ。


 そうと決めたら即行動。朝食を食べ終えたばかりのところで、危なっかしい手付きで食器を片付けようとしているマニにそれをやめさせ、今すぐ出かけることを告げる。無言だが行き先を気にしているのがわかる彼女に俺は「すぐそこだ」と答えた。


「ごめんくださーい」


 跳んだ先はオーリオ領の地主であるリーナの屋敷の前。他の木に混ぜて黒い森のそれと同じ黒樹を一本植えさせてもらって、俺はいつでもリーナ宅を訪ねられるようになっている。まあ、元より物理的な距離もそう離れてはいないんだけど、やっぱ転移先に設定されているのは楽なもので。


 呼び声に反応している気配を扉越しに感じながら、俺はなんとはなしにちらりと村のほうへ視線をやった。するとオーリオ領の中でも一番大きなその村に──なんだか見慣れない集団を見かけた。



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