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15.正反対のアプローチ

「作業っていうのは『切り落とし』だ。ほら、ちょうど手足の一部が露出しているだろ? あそこを切ればいい。本当は眠らせてから一息にやるんだが、今回はマニに任せるよ。……どうした? あと一時間以内に九人分やってほしいんだが」


「でも、その……どうやってやればいいのか」


「これだ」


 収納空間から自作のノコギリを取り出して見せれば、いよいよマニの顔は青ざめる。


「まだこの作業を効率化できてなかった頃の名残だけど、切れ味は保証するよ。はい、どうぞ」


 無言で受け取ったマニは、背中を押してやるとよたよたとした足取りで男たちへ近づいていった。まだ意識を奪っていないのでこちらが見えている男たちは、猿ぐつわの奥からくぐもった悲鳴を上げている。


 同じ釜の飯を食った仲間を解体するのは精神的にこたえるだろうな。ちょっと残酷だが仕方ない、これもマニへの罰の一環だ。楽をさせてやるつもりはない。俺は彼女の「生きたい」という覚悟を見ている。


「う、うう、うぅうぅううう……」


 今一度、未練のようにこちらを向いたマニに顎をしゃくって早くやれと示す。すると諦めもついたかとうとう彼女はノコギリを動かし始めた。──声にならない絶叫。並び順から運悪く一人目に選ばれたその男は、躊躇いがちなマニの手際のせいで余計に痛みが増しているようだった。これはさすがに心が痛む。本当なら何が起きているかもわからないうちに植木プラントになっていたはずなんだけどな。


 ただマニの逆情操教育のためには打ってつけの題材である。役に立ってくれて俺は嬉しい。なので甘んじて受け入れてもらおう。


 ……そうしてしばらく。思いのほか器用なのかそれとも俺に急かされたのが効いたのか。人数を重ねるごとにマニの作業スピードは上がっていった。最後に切られた奴なんて自分の手足がなくなったことにも気が付いていないんじゃないか? なんていうのはさすがに冗談だけれど、それくらい彼女はノコギリの扱いが上手になっていた。抜群の切れ味を差し引いてもこれはなかなかだ。


 最後らへんはぶつぶつと一人で会話していたのが気になった。たぶん内容からして相手は亡くなったという二人の兄だと思うが、ちょっと負荷をかけ過ぎてしまったかな……まあいいや。危なそうだと思ったらまた意識をぼやけさせよう。あれは普通じゃない心理状態の人間ほどよく落ちてくれる。つまり、今のマニにはお誂え向きということだ。


「マニ、マニ、マニ。こっちを見ろマニ」


「あ……作業、終わりました……」


「ああ、よくやった。今日のところはこれでいい。あとは俺がやっておく」


 緩慢な動作でノコギリを返そうとしてくる彼女にそれはプレゼントすると言えば、しばしフリーズしたあとにゆっくりとその手を戻した。


「随分と手に馴染んでいるみたいだったらからな。あとで持ち運びしやすいようにしてやるとして……まずは血塗れなのをどうにかしないとな」


 掃いたり拭いたりの掃除は指先ひとつでちょちょいのちょいだが、人を身綺麗にさせるのはちょっと苦手だ。弟子をお手製の風呂に入れてやったこともあるが、これからその準備をするのも面倒に思う。なんと言ってもあの頃とは状況が違うので、労なく解決できる手立てが今の俺にはあるのだ。


 というわけで王城へ出戻りし、政務作業中だったモロウに王様御用達の風呂へ案内してやってくれとマニを押し付け、俺は単身で自宅へと跳ぶ。何をするかと言えば当然、やり残しを片付けるのである。


「あ。せっかく止血してやったのに一人死んでいる……損したな」


 恐怖と苦痛に心臓が持たなかったか。大勢殺してきただろうに自分がこういう目に遭えばぽっくりとは、根性なしめ。呆れながらそいつを森に跳ばす。黒樹の一本の根本に埋まったそいつはやがて栄養となってくれるだろう。せめてそれぐらいはしてもらわないとね。


 さてと。残りの八人を培養槽へINしよう。エイドスから一定量の魔力を引き出し続ける供給装置と繋げて、常に浸す。これまでは仮死状態で行っていたそれを実験体の命と意識を保たせたままで行う。一旦これでどうなるかだな。痛みは続くだろうが我慢してもらって、とりあえず一月か二月くらいは生かして経過観察をしてみよう。


 二十年近くそれのみに専念しても未だ成功例のない、俺以外の物質のエイドス化。とりわけ人間をそうすることがいつか大望を成就する足掛かりになると俺は信じている。


 エイドス化とは即ち、理想領域エイドスへ足を踏み入れる権利を手に入れるということだ。


 やり方次第ではそれ自体を叶えることはできるのだけれど、やはり俺と同じ存在を作らないことには先が見えてこない。と言っても、あちらからこちらへ来た俺とは正反対のアプローチになるので、結果が同一だとしても発展まで望めるかは確率的に良くて半々だろうと予想しているが……はてさて。


 まあ、あまり先ばかり見据え過ぎてもな。ひとまずモロウの今を踏まえてあれ以上の実験例を作ろう。話はそこからだ。


 手早く八つの培養槽を稼働させた俺は、後片付けとして拘束台や床に飛び散った血を綺麗さっぱりに消し去ってから再度王城へと跳んだ。そろそろマニのほうも血は落ちたかな?



◇◇◇



「おっそ」


 割とのんびり時間を使ったつもりだが、王のための専用浴槽──王室エリアの一室に置かれたものだ──でマニは体を清めている途中だった。しかも如何にも言われた通りにやってますといった感じでのそのそと布を上下させているだけで、見た限りまだ腕しか洗っていない。


「おい、おいマニ」


「……はい」


「ちょっと貸してみな」


 拭き布を奪うように取り上げる。この調子では日が暮れても腕ばかり擦っていそうなので俺が代わりにやってやるしかない。さすがに人体を魔力で拭きさらすのは危険としか言い様がない行為なので、こうして手動で……と、俺も脱ぐかな。


 これまた自家製のローブと寝巻も兼ねる作業服(私服とは別だ)を収納空間に仕舞い、俺もマニに倣ってすっぽんぽんになる。服は空間内の魔力で新品に仕立て直せるが、やっぱり自分の体くらいは自分の手で清潔にしたいのが人の心というものだ。眠るのと同じくらい入浴も好きだよ、俺は。


「お邪魔するぞ」


「…………」


 マニはうんともすんとも言わないが、拒否もしない。まあできないか。浴槽は広いので二人で入っても十分なスペースがあるけれど、そんなことよりこうして見るとマニ……思ったよりも若いな? 背が高くて薄汚れた身なりをしていたためにもっと上の──セリアくらいの歳に見えたんだが、湯を被って全裸になった今の彼女の印象は驚くほど幼い。


 だけどそうか、少年強盗団としてやってきたのはモロウを助けた日よりもけっこうあとだもんな……たぶん。時間感覚が曖昧で申し訳ないが自分の歳も判然としなくなるほど生きているとこんなものだ、誰だって。そう思いたい。


 ともかく。付くべきところに肉が付いておらず、背ばかりが伸びているマニはそのせいで余計に貧相であった。いっそ貧困な体型だと言ってもいい。細さだけなら俺にも負けていない。頭三つぶんは小さい俺とスマートさで張れるというのは、言わずもがな相当にヤバい。初任給はとりあえずたっぷりの飯で決まりだね。働いたぶん食事も美味いだろう。


「もうちょっとかがんでくれ。……どうだ? 痛くないか?」


「……くすぐったいです」


「正直でよろしい。弱いならもうちょっと強くするか」


 頭の天辺からつま先まで丁寧に血と汚れを落としていく。垢もかなり出た。生傷も多く、染みるだろうにそこは何も言わない。荒事に身を置いていたからか痛みには強いようだ。ショック死野郎よりも余程根性があるじゃないか……と思ったがたぶんこれ、心因による鈍化だな。ま、動かれて洗いにくくなるよりはいい。


「終わったぞ。どうだ見違えただろう……って言っても自分じゃわからないか」


 マニはおずおずと頭を下げた。礼をしたつもりらしい。ぼんやりとはしていても俺が主人であることを忘れてはいないようで何よりである。その更なる証拠として、マニは俺の体を洗うと自ら言い出した。感心した俺は新しく取った拭き布をマニへ手渡してやった。


「待っているだけじゃ手持ち無沙汰だろうしな。じゃあちょっとやってみてくれ」


「はい」


 そう言ってせっせと俺の体を拭くマニの手付きは……うん、なんとも言えないものだった。加減が下手だ。俺がやったのを真似しようとしているのはわかるんだが、習熟には少し経験を積まなきゃかな。


 それにしても不思議だ、切り落としはあんなにすぐ慣れていたのにこれはどうしたことだろう。器用な人ってなんでもできちゃうものだと思っていたけれど、案外そうでもないのかね。それか、よっぽどマニに人間の解体の才能があったかだな。


「あ、終わった? ありがとう。じゃあお互いもう一度さっと流そうか。もうそろそろセリアも来る頃だろうから湯を溜めて浸かる暇は──あ」


「………………」


 噂をすればなんとやら。名を出したそのタイミングで扉から登場したセリアは俺、そしてマニを順番に見た。素っ裸の姿を、だ。そしてそのまま彼女は黙ってしまい何も言おうとしない。


「あのー、セリア? 俺が言えた義理じゃないけれど、浴室にはいきなり入ってきちゃいけないと思うんだ」


「ええ、本当に言えた義理ではありませんね。……モロウから聞いて様子を見にきたんです。それでイデア様は、ここで何をなさっているのですか?」


 ──うむ。改めて何をしているのかと聞かれると少しばかり説明に困る現場だと気が付く。


「この子はマニ。俺が引き取ることにしたんだ」


「引き取る?」


「使用人としてね。その手始めに一緒に体を洗ったところで……ん? なんか語弊がありそうだな」


「いいえ……よくわかりました。イデア様は湯浴み中の女子の裸を見ることがお好みであると。お楽しみのところ邪魔してしまって申し訳ありません」


 それだけ言ってセリアは引っ込んでしまった。扉が閉まる渇いた音のあとには俺とマニだけが残され、微妙な空気の沈黙が流れる。……なんかセリア、ちょっと怖かったんだけど。


「イデア、様?」


 静寂を破ってぽつりと呟いたマニに、俺は頷いた。


「そう、イデア。それが俺の名前だ。マニは従者だから必ず敬称で呼ぶように。いいな?」


「はい」


 素直な返事に俺はもう一度頷いた。……やっぱりお湯に浸かろっと。



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[一言] これは...!百合の香り...!?|qд・,,)♡
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