13.死刑囚
「イデア新王国──とは、この国の新たな国名となるものです」
「それは予想ついていたけど……わざわざ変えちゃうのか。確か元々はリルデン王国っていう名前だったよな?」
「もう間もなく国の隅々までが王の死亡と新王の即位を知ります。それに合わせてこれまでとは違う国旗と国名を公布し、国の新体制を意識付かせることが狙いとなります」
「ふうん」
確かに気付きの一歩目としては妥当なところかもしれない。『リルデン王国』って名には大体の国民にとって良くない印象しかないだろうし。実感はもう少し遅れるにしても、新しい名称と旗とで「以前とは異なる国の住民になったのだ」と思ってもらうことは悪くないんじゃなかろうか。
「やり方にああだこうだは言わないけどさ。でもそのネーミングで大丈夫かね? 自分の名前が入っているのがちょっと恥ずかしいんだけど」
「大丈夫です。むしろここでイデア様の名を大々的に広めない手はありません」
自己顕示欲の塊みたいに思われて結局新王も前王と変わらないんじゃないか、みたいな誤解を受けることを恐れたのだけれど、モロウからすれば『始原の魔女』のネームバリューを活用しない選択はあり得ないようだった。
けどイデアという名前と始原の魔女はイコールで繋がるものじゃないはずだが……ああ、違うか。これは国内だけではなく国外へも向けたアピールだ。
この一月のうちに大まかなリルデン王国の歴史を聞いたとき、ちょっと前までは盛んに交流を持っていた国もあったとかなんとか言っていた気がする。そういう他所の国からすればここがいきなり『イデア新王国』なんて名前に変われば驚くに違いない。何があったのか、そしてイデアとは誰なのか。それを知ろうとしたとき、すぐに彼らは『始原の魔女』の存在とその行動に行き当たる。
あちらさんが自分で結論を導いてくれれば、こちらから何をする必要もない。
「……この国には俺の伝承が相当なレベルで根付いていると理解したけどさ。他の国にも始原の魔女は知名度があるのか?」
「はい、勿論です。この東方には他の魔女伝説がないものですから」
そうだった、俺と同じように伝説の魔女と呼ばれているヘンテコがまだ他にもいるんだったな……で、この地域には競合他社(?)が不在であると。そのぶん俺のネームバリューも高いわけか。
「大陸全土においても『始原の魔女』の名は特別なものだと思われますが──それはともかく。イデア様がご不満であればすぐに別案を提示いたしますが、いかがしましょうか」
「不満なんてないよ、お前がそれだけ考えてのことなんだから。恥ずかしいのはもう仕方ないと諦めよう。……でもその国旗はどうなんだ? なんか怪しい儀式でもできそうな模様だけど」
「一見そう思えるかもしれませんが、これは魔法陣ではなく循環を象徴した印です。魔法の基礎であるそれを、イデア様の尊き慈愛の心と深淵なる魔法的技量を表現するに相応しいものとして描きました。いかがでしょうか?」
魔法陣ね、はいはい。それは俺でも知っている。……俺の知識にある魔法陣と同じものならいいんだが。
あ、デザインの良し悪しについて? うんうん、いいんじゃない? 別になんでも。こっちは国名と違って大した戦略上の意味もないみたいだし、好きにしてくれたらよろしい。
「それではこのようにいたします。明日からイデア様は一国の支配者として本格的に知られていくのですが、言うまでもなく、変わらず政務の一切は我々が行ないます。しかし対外的にどうしてもイデア様のお手を煩わせてしまう場面も出てくることかとは思うのですが……」
「それにも不満はない。どうせ時間はいくらでもある、ちょっとくらいは俺も働くさ」
他にもやるべきことがあったほうが研究のほうにも力が入りそうな気がする。なんとなく。この連日は久しぶりに色んな経験をさせてもらっているので今は純粋にそれが楽しくもある……国王としての活動なんて俺に勤まるのか自分でも甚だ疑問ではあるけれど、まあ何はともあれそちらも楽しんでやってみようじゃないか。人生チャレンジあるのみだ。
そうだ、研究で思い出したけれど。
「アレはどうなっている?」
「──死刑囚のことですね? それでしたら、既に十人が地下牢に入れられております」
「十人!」
大量じゃないか。一月の間だけで極刑に値する犯罪者がこんなに集まるとは。嬉しい反面、自国の治安が少々怖い。
「つい先日に悪質な強盗団が捕まったのです。……折よく、というわけではございません。王都にも犯罪は溢れかえっておりますが、野盗の類いのような重い罪を犯すことを厭わない者はやはり王都の外縁から一定の範囲で頻繁に出没するようになりますので」
「まだしも金のありそうな匂いに釣られて、か。前王の圧政の歪みだな」
「はい。打ち立てた施策もまだ行き届いていないのが現状ですので、お恥ずかしながら治安改善にはもうしばらくかかりそうです。しかし、新王即位並びに富国再生計画の進捗により時間を経るほど凶悪犯の数は減っていくものと予想しております。イデア様にとっては不都合であるかもしれませんが……」
「いや別に? どんなに平和でも度の越えた馬鹿は出てくるものだし、そういう連中をちょくちょく貰えれば俺はそれでいいよ」
何度も言うが、時間はある。結果を急いではいないのだ。それ以外のことはともかく、研究に関しては今まで通りのペースを崩さずにやっていくつもりだった。なので治安が良くなるぶんにはまったく構わない。
「ところでセリアはいつ頃来る?」
「彼女でしたら……普段通りであればあと一時間ほどで」
「そっか。ならその間に地下に降りて持っていかせてもらうよ」
セリアはあの下宿で朝の支度中かな。前に王城に行くついでに毎度セリアも拾ってあげようかと提案したけれど、当人に嫌がられてしまったのでそれはナシになった。「イデア様にそこまでしてもらうわけには」とか丁寧な断り方をしていたけどあれはかなりガチめな拒否だったね。俺の目は誤魔化せない。
でもその気持ちはわからなくもない。時は金なりと言うが何もかも短縮ばかりされても困ってしまうだろう。あるいは、いきなり室内に転移されることが彼女の中でトラウマになってしまっている可能性も否めないか。入浴中はもちろん、用を足しているときとかに鉢合わせるするのは本気でマズいものな。
常に身に付けたりしないで部屋の隅にでもトーテムを置けばそういう事態にはならないと教えてあるし、彼女も理解してくれてはいるのだろうけれど、まあ一度受けたショックというものは理屈ではなかなか治ってくれないものだ。しょうがない。
「では僕もお供を」
「しなくていい。こんなに早く呼び出したってことは、そっちも少しでも早く周知の計画に取り掛かりたいってことだろう? 俺には構わず自分の仕事をしてくれ」
「よろしいのですか? ──了解しました、仰せのままに」
「うん」
……追い払ったわけじゃない。時間があるならついてきてもらっても全然よかったんだ。俺が死刑囚に対して何をしようともモロウは本当になんとも思わないだろうしね。そこがセリアとは違う。
セリアはきっと、両の手足を捥がれて植えられている人間を目にしたら……それがたとえ極刑を与えられるに相応しい悪人であると知っていても気分を悪くするだろう。俺に対する見方や態度まで変わってしまうはずだ。
別に彼女に好かれている必要はないけれど、しかし仕事仲間になったのだ。変にギスギスはしたくない。と薄れた前世の自意識の中でもしぶとく残っている小市民的な感覚がそう訴えてくる。仲良しこよしを目指そうというのではないが、わざわざ関係性を壊すリスクを背負うこともない。
セリアは見ないふりをする、そして俺はなるべく見せないようにする。この相互努力でやっていこう。秘密を明かせる機会はまだまだ遠そうだ。
というわけで、彼女がやってくる前に囚人たちを運び出しておこう。人数が増えてもいいようにと今度の家を前より広く設計しておいてよかった。というより、無駄なスペースにならなくてよかったと言うべきか。……将来的にはまたそうなる気もするが、今日の置き場に不足するよりはいい。
自宅もまだまだ完成には至っていないが地下の実験場だけなら十分な出来になっているので、ちゃちゃっと移してしまおう。モロウと別れた俺は足取り軽く王城の地下へと下りていく。はは、地下から地下へ移されるというのがなんとも、二度と陽の目を浴びない囚人らの運命を表しているね。直接的過ぎて比喩にはならないけれども。
そうして薄暗くて冷えたその場所で目的物とご対面してみれば。おお、いるわいるわ。人相の悪い男たちがひとつの牢にひいふうみい……九人? おっとモロウ、数え間違えたのか。それともまさか逃したか。と思いきやその横の牢にもう一人ちゃんといた。
女だ。女囚と男囚を分けておいたってことか……うん、きっちりしている。盛られていてもちょっと困るし助かった。
「おい、お前はなんだ?」
珍しいものだから──これまで実験材料にしてきたのは全員男である──その女をじろじろ見ていると、黙りこくっていた男囚のうちの一人が声をかけてきた。捕まっているにしては偉そうだな。向こうからすると牢獄に少女が一人で訪れてくる状況はわけがわからないと思うので、心からの困惑によるものだとしておこう。
「あー、俺はイデア。この国の王であるからして、相応しい態度を取るように」
「はあ?」
「何言ってんだこのガキ」
「ぷっ……下らない冗談はいいからよ、お嬢ちゃん。ちょっと頼みがあるんだ」
「いいよ。出してあげよう」
「あ?」
「出してやると言ったんだ。喜べよ、行き先はこんな牢獄よりもよっぽどハッピーな場所になる」
「なんだと──」
言葉はそこで途切れた。九人全員、交渉役もそれをニヤニヤ笑いながら聞いていただけの連中もまとめて我が家へ送ってやった。言うまでもなく拘束済みでね。俺が行って処置をするまでは行儀よくしていてもらおう……それで、だ。
「ヒッ、ヒィ……うぅ」
俺を目にした途端に顔色を変えていた女囚は、隣の牢から物音が消え去ったことでいよいよ尋常ではない様子となっている。男たちとは明らかに様子が違う……ふむ。
これはちょっと、尋問の必要がありそうだな。




