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12.イデア新王国

 お持て成しせずに帰すわけにはいかない、ともう一度屋敷内へと招かれた俺たちは、リーナ唯一の趣味にして日々を生きるための糧にもなっているという紅茶をいただいた。近くの街からこれだけは欠かさずに取り寄せている銘柄なんだとか。高級品ではないが、味はいい。


 街からこの辺境領までは道が通っている。軽く草を踏み均して石なんかを退けた程度の簡素なものだけど。俺も馬車で通った道だが、なんとこれ、リーナの代になってようやくできたものなんだとか。前々からその要望は出していたにもかかわらず流行り病の一件があって初めて国も道を通す決定を下し……実際に取り掛かったのがそこから更に二十年後というのだから恐ろしい。


 病の領外流出を避けるための封じ込め策に街から衛兵を送る際、整備された道がないことで大変に苦労した経験を踏まえてなおこれだというのだから、いやはや救えないですわ。当時、現場の兵たちの声すらちっとも届いていなかったんだろうな。


 リーナの健康状態は明らかによろしくないので、貴重な紅茶を振る舞ってくれたお礼にこちらも例のハーブを取り出した。どこからともなく現れた真っ黒な葉に俺以外がぎょっとした顔を見せたが、特に何を言われることもなかった。


「これを煮るか煎じるかしたものを飲めばマイルドに俺の魔力を摂取できる。その効果はさっき見た通りだ……と言ってもあそこまで劇的じゃない。滋養強壮の薬程度に思ってくれ。ちょっと独特な風味で最初は口をつけづらいかもしれないけど、飲んでおくのをお勧めするよ」


「必ず飲ませていただきます」


 一も二もなくリーナはそう言って黒葉を受け取った。すごい迷いのなさ。俺への畏怖や恩義がそうさせているのかと思うと微妙な気持ちになるけれど、飲んでくれるならそれでもいいか。彼女の不健康な痩せ方は割と本気で心配だ。


 せっかく土地を再生させたところだというのに、管理者に何かあっては台無しになる。


「せっかくだ、二人のぶんも出そう」


「よろしいのですか?」


「私もですか……?」


 アルフは品の良い笑みを、セリアは恐々とした表情を浮かべている。ここは年の功だな。俺に関してセリアのほうがよく理解しているからこその恐れではあると思うが、良かれとプレゼントするものをこうも恐れられてはさすがにショックである。


「たくさんあるからいいんだ。数日前にこれの生っている木を一掃したからさ。大収穫だ」


「え──それは黒い森のことを仰っているのですか?」


「うん」


「で、ではあそこはもう今は?」


「何もないな。家も解体バラしたし」


 と言っても、この黒葉と同様に大抵の物品はエイドスに仕舞っているのでいつでも取り出せる。これを機に収納空間内の大整理も行ったので、前より物量は増えたがぐっと探し物が楽になった。森や家の解体よりもこの作業にこそ、セリアを待たせた三日間のうちの大半が費やされたと言っても過言ではない。


 培養槽もその中身ももちろんそこに入っているので、家無しと言えども俺の所持品は全てここに揃っている。あの黒い森も偶然の産物でしかないので片付けることに躊躇もなければ含意もなかったのだが、セリアはこれを知って衝撃を受けたようだった。


「『黒い森』ですって、アルフ。始原の魔女が棲むと言われているあの黒い森のことよ」


「ええ、リーナ様。伝承には確かな真実もあったのですね」


 なんてオーリオ領主従コンビが楽しそうにしているのを横目に、俺はセリアへ言った。


「別に気に病むことはないだろ? 俺が自分でやったことだ」


「ですが私が依頼をしたのがきっかけなのですよね。……あの森を目にしたとき、恐怖を抱くと同時に……感動もしたんです。幼少の頃から聞かされていた魔女伝説の一遍が、確かに目の前に存在している。あの日この胸に抱いたものは言い表しようもありません。それだけに、『黒い森』が私のせいでなくなってしまったのだと思うと……」


 セリアはどうも、気弱になると素が出てくるみたいだな。リーナに理路整然と事情を話していたときとはまるで別人みたいだ。普段はやはり相当に気を張っているんだろうな、と思いつつ俺は口を開いた。


「いや、自分んはまた作るつもりだよ。黒い森にそんなに思い入れがあるならまた森の中にしたっていいけど、どうする?」


「ま、また作る……?」


「そうだよ。言ったろう? この黒葉には俺の魔力が込められている。これが生る木も一緒だ。大地へちょっと大目に魔力をぶち込めばそこはすぐに黒い森になるのさ。建築にはまあ、もう少し作業もいるけれど」


 どうして過剰に注ぐと黒くなってしまうのかは俺もよくわからないが、それで困ることもなし。その奇異な見た目が伝承にもなっているというのであれば、一度は片付けた森をまた手ずから再現するのもやぶさかではない。


「けど今度はどこに森を作ろうかな。せっかく撤収したのに同じ場所っていうのも味がないというか芸がないというか……」


「でしたら、イデア様!」


「お、なに?」


 いいことを思い付いたとばかりに顔を明るくさせたリーナに期待を寄せて訊ねれば、それは名案というよりも提案の類いだった。


「他に候補がないのであればどうでしょう、是非このオーリオ領にお住まいを置かれては? イデア様の力によって恵みをもたらされた土地が復興する様を近くから見ていただきたいのです」


 ほーん。まあ、悪くはないか。自宅の場所なんて究極、どこでもいいっちゃいいんだし。知人が目と鼻の先にいる生活というのもこれまでとは違って新鮮かもしれない。


 王城には既に目印トーテムを置いてあるのでいつでも跳べる。こちらにも同じ物を置けば、自宅が辺境にあっても特段困ることはない。


「じゃあ、そうしようかな? セリアも黒い森が復活して嬉しいだろ?」


 俺の問いに、セリアは頷きつつも微妙な顔をしていた。



◇◇◇



 それからはそこそこ忙しなく過ごした。三つの村の中心部に当たりをつけて邪魔なものを退かし、黒い森を生成。以前と同じくその真ん中に家を建てる。間取りを考えるのと実際に作りながらやっぱりこうしようああしようと変更を加えていくのは久方ぶりだったので面白かった。そのおかげというかせいというか、すぐには完成させられず作業の合間合間に俺は王都へと跳ぶ。


 モロウとダンバスの政策の具合を確かめるのと同時に、国の方針に関してちょくちょく相談に乗る。彼らからの質問はこれといった正解のないものばかりで、だからこそお飾りの冠でしかない俺に大まかな方向だけを決めさせようとするのだろう。これで俺がブレブレだったら二人も困ってしまっただろうが、そこは大丈夫だ。何せ前王と違って俺にこれといった物欲などない。国が自分の物になったという自覚はあるが自分のための物だとは思っていないので、とにかく国民が飢えずほどほどに楽しく暮らせるように、というのがモットーだ。他にスローガンも思いつかないんでね。


 自分も国のために協力したいと申し出たセリアは国王である俺の付き人みたいな立ち位置になった。企業で言えば社長秘書みたいな感じだな。俺自身はけっこうずぼらなタイプなのでスケジュールや他所との連絡をやってもらえるのは普通に助かる。もちろん俺は歓迎したし、ついでにセリアの住居にもトーテムを設置させてもらった。王都に出向くにしてもいつでも王城へ跳ぶのが正解とも限らないしね。


 リーナからオーリオ領の様子を聞いたり、一緒に村を回って「新しく王様になりましたイデアです。始原の魔女です」と挨拶したり、黒い森で家の建築を進めつつ、トーテムの魔力反応を感知して呼ばれていると知ればすぐ王都に跳んで。


 そういう暮らしをしているとあっという間に一月ばかりが過ぎてしまった。


 家で一人代わり映えなく生活していたときも時間の経過は早かったけれど、目まぐるしく変化が起きているとそれはそれで日々が加速するものだ。体感の密度では今のほうが遥かに勝っているけれど。そう思うと成果の上がらない研究にだけ費やしたここ二十年が勿体なく感じてきたぞ。


 やることが何もなければ時間も長くなって、一人の生活に早々飽きることもできたんだろうな。でもなまじ目標があって、しかし期限はなくて切羽詰まってはいないものだから、ずるずるだらだらと同じ毎日を繰り返す羽目になってしまった。やらなきゃいけないことがあるときほどのんびりするのが楽しくなるのは人間のさがだな。業でもある。俺もそこは例外じゃあなかった。別に睡眠をとる必要もないのに寝るの大好きだし、なんなら昼寝もしちゃうし。


 今も忙しくて研究自体は何も進んではいないが、まあそこは前と変わらない。だが明確な変化として、今の俺には新たな気付きがあるし、何よりもうすぐ大量の実験材料が手に入るという担保がある。モロウという第一段階の成功体が見つかったことで実証は済んでいるも同然だ。何十年ぶりに実験が次の段階に進むかもしれないワクワク感で俺の胸は躍っている。胸ないけど。これ永遠の少女ボディジョークね。


 そうしてある日。


「──イデア様、早朝から申し訳ございません」


「おはようモロウ。何時だろうと気にせず呼び出せって言ったのは俺なんだから、謝らないでくれ。それで今日はどうした?」


「はい。ご報告とその確認を急ぎ行いたいと思いまして……よろしいですか?」


 聞かせてくれ、と頷くとモロウはその手に持っていた一枚の布を広げて見せた。


「これが! 『イデア新王国』の国旗となります! いかがでしょうか!?」


「…………、」


 何やら複雑なデザインが描かれているその布と、輝きを放つモロウの目を交互に確かめて。それから俺は思ったままを言った。


「いやその前に……イデア新王国ってなに?」



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