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113.知れたこと

「ほれ、返しておこう。ワシが持っていてもしょうのないものじゃからな」


「!」


 モーデウスがいつの間にかその手に握っていた杖をふいと振らせた途端、虚空から出現した何かが屋上に音を立てて落ちた。無造作に転がされた灰色の大きな物体。それの正体を認めた瞬間、クアラルブルの背筋に冷たいものが伝う。──動死体。リビング・ボディと名付けられた魔女謹製の悪趣味な人形たちが、きっちりと総数十五体。一塊にされて無力化されている。


 モーデウスの手によって制圧は終わっていたのか。道理で学術院が思いのほか静かなわけである。順調であったはずの時間稼ぎの任務に突如として分厚い暗雲が垂れ込めてきたのを認識しつつ、しかしクアラルブルの窮地はもっと切実な部分にこそあった……今の動き。仮にモーデウスが攻撃を行うつもりで杖を動かしていたら、果たして自分はそれに応じることができていただろうか?


 おそらく否だ。受けるにしろ避けるにしろ僅かに間に合わなかっただろう。向かい合いながら魔法式をいくつか構築し今も維持しているところではあるが、しかし、何気ないモーデウスの所作は張り詰めて備えているはずのクアラルブルの死線を易々と踏み躙ってみせた──。


「警備も教員も全滅とはのう……省からの応援も見込めない現状、ステイラバートは由々しき事態に陥っていると言っていい。とはいえ、暴れておったのはこれらと──ぬしで最後のようじゃ。ならばどうということもない」


「……!」


 流石は賢者の称号を持つ数少ない魔法使い。省長と共に魔法国家メギスティンを代表する傑物……彼もまたクアラルブルが知る怪物の一人。半世紀を生きる彼女よりもずっと長く、そしてより深く魔法の世界に浸かっている『本物』である。如何に眼が優れていようと、いくらか人より魔法戦に秀でていようと。そんな才能が十把一絡げの誤差にまで落とし込まれてしまうほどにかけ離れている。と、決して言葉を荒げない老人の、けれどその身から発せられるただならない重圧を前に、クアラルブルは自分が彼に決して敵わないであろうことを悟った。


「気になるのは操作主じゃ。辿ってみたが、対策をしてあったらしくどうにも探りきれんでのう……ぬしがそうというわけでもなさそうじゃし、さて。まずはその者の居場所を教えてもらってもよいかの?」


「それは……知らずともよろしいことではないかとー。どうせ朝日が昇る頃には全てが終わっているでしょうから。それに」


 敵わない。だとしても、投げ出すわけにはいかなかった。魔女に手を貸し学術院に背を向けた時点で退路などないのだ。──だったら前進あるのみ。ここで賢者と敵対することに日和って立ち止まったり後退しようものなら、その先にいる魔女に手を払われてしまうかもしれない。……自身の進路の打算を抜きにしても、イデアから託された役割を果たせない、などというのは。挙句に彼女から失望されるというのはとても耐え難いことであったので、故にクアラルブルはにへらといつもの如く……否、いつも以上に気負いのない力の抜けた笑みをモーデウスへと向けた。


「──その頃にはあなたも敗北した『月光』のために、それどころではなくなっているはずですからー」


「……ふむ」


 市内の爆発よりも先にあった小さな揺れ。それが島の地下に潜っているはずのイデアが引き起こしたものであろうことは推測できていた。そしてその理由に関しても、目の前に『月光』にまつろう賢者がいるのだから大方の察しも付こうというものだった。故に、当て推量を含みはするが、クアラルブルは概ね正しく現在の状況が把握できていた。


 イデアの予感正しく、地下は本当にあったのだ。更にそこで彼女はおそらく『月光』と交戦状態にある。それ即ち、記憶に新しい『黒鉄』と『始原』の激突に続き、今まさにこの時この地で再び魔女同士の抗争が勃発しているということ。


 それを解しながらも慌てない彼女に、モーデウスは目を細めた。


「確かに。我が主が『始原』の手に落ちたとなれば陽動にかかずらっている場合ではなくなろうな……ただしそれはぬしとて同じこと。『始原』が敗北すればぬしもその仲間もただではすまんのだぞ──というのは、今更ワシが言わずとも知れたこと。何故そうも平常でいられるのだ、クアラルブル先生」


「簡単なことですよー。『始原』が負けるとはちっとも思ってないから、です」


「…………」


「怖いのはどちらも一緒ですけど。でもルナリス様とイデア様の怖さは種類が違うんですねー。怪物以上の怪物であることに変わりはなくとも、私の眼が映すのはそれだけではありませんから……院長先生もお会いしましたでしょう。そして感じたのではないですかー? きっとそのはずです、あなたともあろう人がそれに気付けないはずもない。『始原の魔女』イデアが他の魔女様と比べてもなお異質であることに」


「──だとしてもだ。魔法に頼る者が『月光の魔女』ルナリスに敵う道理などない」


「うふふふ。だといいですねー」


「「……──」」


 生じたやり取りの停滞。の、直後に両者は素早く腕を動かした。同時に向けられた互いの杖、その先端から迸った呪文と呪文がぶつかり合い──職員棟の屋上に眩い閃光が弾けた。



◇◇◇



「おお、これが……」


 二重底。地の底に見せかけられた清風庵とやらの床を叩き割ってやれば。そこには今し方までルナリスと事を構えていた空間を単なる小部屋と称してしまえるほどに広く、そしていっそうに濃密な月光の魔力に満たされた、上下も左右もない複雑な力の流れを描く特異な領域が置かれていた。


 どこを見回しても緑光に眩しいその場所で、一際に瞳を焼く強い輝きが中央にあった──満月を思わせる真球状の物体。表面が波打つように鼓動しているそれは、間違いなくルナリスの魔力で何重にも編み上げられた秘術の礎。忌々しげに俺を射貫く彼女の視線からもそのことは明らかだった。


 魔法陣が刻まれた床の破片も、それを砕くためにバラバラになった黒鉄の残骸も、あたかも星の引力の如くに吸い込んで取り込んでいくその満月の異様に心を躍らせながら。俺は頷く。


「動力源はこれだったか。さしずめ魔法陣は操作盤で、清風庵はただの操作室といったところかな。学園中に行き渡る魔力の大元をこんなにも奥深くに隠していたとは……用心深いじゃないか。だからって、俺にも隠し通せると期待するのは少々楽観が過ぎるけどね」


 開拓者の出現を阻む意識操作、だけでなく。特定の建物に仕込まれた魔法的防御や、訓練室などでの事故防止機能や呪文禁止エリアの設定等々。学院島全体に施されたそれら魔女の御業の根源となるのがこの場所、二重底たる真の地底にあったわけだ。見るからに──いや見るまでもなく膨大な力が結している魔力の塊は、その見解に違わずルナリスにとって最大の秘部であったようで。


「正しくあなたを相手に期待をかけ過ぎた結果なのでしょうね……星にも示されていたというのに、私としたことが。しかし秘密を暴かれてしまったのならどうせいずれはこうなる運命。ならば仕方ない──ええその通り、これこそが我が秘奥の魔法、その極致たる『真月球』。長い年月をかけて魔力を与え、時には人の命をも啜らせて維持し続けているステイラバートの、そして魔法界隈支配の象徴となるよすが・・・ですよ」


「ああ。建築のほうではなくエネルギーの供給そのものに使っていたんだね。面白い真似をする……」


 アクアメナティスから貰った子供たちや、実験の必要がなくなった死刑囚たちの活用法としてそっち方面に舵を切った俺のように、てっきり侵入者たちの末路は増改築の材料だと思っていたんだが。けれどその大元である真月球これに直接ぶち込んだほうが確かに効率は良さそうだ、と。俺としては将来何かしらの参考にできそうな技法へ納得して相槌を打ったつもりなのだが、どう思ったのかルナリスは余計に目付きを険しくさせて。


「咎めようとお思いですか。犠牲を嫌いながら、自らによって進み犠牲を生み出しているこの私を。そうしてまで世の魔法使いを抑え、あなたが望む『あるべき姿』を世界に取らせようとしない会談の決定を、許せないと吐きますか? 今になって罪科を問いますか──そんな資格を、イデア。あなたは有しているというのですか?」


 綺麗な顔を歪める彼女にはもはや当初の冷然としてひそやかな、そして高慢にも思えた落ち着きはどこにもない。取り繕っていただけで素の彼女はこちらなのだろうけど……ううむ。それにしたって並じゃない憎しみを感じるぞ。だがそれはきっと、俺への怒りに見せかけた自罰的感情の裏返しなのではないかと思う。


「非難をやたらと恐れるね」


「!」


「ということはだ。たぶん、君が君自身を許せていないんだな。罪悪感があるんだよ。真実は清廉じゃない、潔白じゃないと。やっていることが清らかでないことを『月光』である君は心底から気にしているんだろう。そしてそれに気付かないふりまでしている……はは。やけに態度が毒々しいわけもわかってきたよ。なんの臆面もなくあるがままに生きている他人が羨ましいんだね? 羨望は嫉妬の裏面にあってひとつだ。その最たる対象が、今は俺か」


「知ったような口を──」


「ああ、利かせてもらう。だってこれはもう知れたことなんだから」


「……!」



◇◇◇



 虚ろで暗い、底の無い目。充満する月光の輝きに照らされながら一切の光を反射させないその瞳に、正面から見定められて。そこに動じる自分を映してしまったルナリスは否定したくてもできなくなった。イデアの言葉は、その評価は、至極正しいのだと。真偽に関わらず彼女自身がそう信じてしまったのだ。


 だから彼女は──。



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