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112.口を割ってもらうぞ

「あーん? ……何よ、あれ」


 既に更地となっている場所をもう一度、絨毯爆撃の如き大火力で念入りに吹き飛ばしてやった。それによって正真正銘そこは瓦礫のひとつも残らない、都市内においてはまず見られない広大で真っ新なデッドスペースとなった──はずだったのだが。薄煙の晴れたところ、たった一個。球体状の何かが鎮座していることにティアラは片眉を上げた。


 なんとも奇怪なことに、それはどこからどう見てもだった。そうとしか言いようがない。焼け爛れている表面は傷と出血で見られたものではないが……しかしあれだけの攻撃に晒されて形が残っている、ということは。そしておそらくその中に入っているであろうものを思えば、どうやら一撃で終わらせるつもりだった自分の目論見は見事にご破産とされてしまったようだ。そうと理解したことで。


「生意気!」


 ティアラが笑いながら吐き捨てると同時。それが聞こえたわけでもなかろうが、肉の塊がぱっくりと割れて裂け目から五体満足のミルコットが飛び出してきた。驚異的な跳躍力で上空にいるティアラの眼前へと自身の肉体を運んだ彼女は、振り被った腕を一瞬でその数十倍の体積にまで巨大化させていた。


「あはっ、何よその魔法!? 気ッ色悪い!」

 

 迫る巨拳からティアラは逃げなかった。代わりに粒子状の魔力を前面に展開、即起爆。爆破と殴打が正面衝突し夜空に生じた衝撃が地にまで届く。その中心にて力と力は鍔迫り合い、僅かな拮抗の後──競り勝ったのは爆破のほうだった。


「はっはァ! 貧弱! 罪深い弱さだわ!」


「っ……、」


 ティアラの気炎が形となったような爆炎に飲み込まれ、拳ごとミルコットは押し返されてしまう。打ち負けた右腕は今の一瞬でズタボロにされた──そこで彼女はその部位を捨てることを決断。


「んん……!」


 ぶちり。軽い音で肩口から千切られ、燃える残り火の軌跡を描きながら地上に落とされる右腕だった物体。しかしミルコットはまったく惜しまずそれを見送ることもしない。何故ならその時点で肩の断面からピカピカの新品が生えてきていたからだ。そして彼女が新たに得たのは腕だけではなく──。


「へえ、肉で出来た翼ねえ……造形はいいけど美しさ判定には少し困るわね。機能美も込みでギリ合格ラインってところかしら?」


 両翼をはためかせ、落下を阻止。どころか攪乱するためだろう、自分の周囲をかなりの速度で旋回し始めたミルコットに対して顎に手をやりながらティアラはぶつぶつと言った。飛行能力とその機動力に感心こそすれ、されどまったく脅威を感じていないことがありありとわかるその姿。そこにミルコットはどうしても自身の師匠を、この世の何よりも愛する存在を重ねてしまう。


 ミチリと肉が震えた。


「はぁっ!」


 急加速からの吶喊。筋肉だけでなく骨も伸ばし尖らせて、一本の突撃槍も同然となった左腕を力の限りに突き刺す。殴って駄目なら刺してみよう、それも最短最速で──という単純明快な案を実行に移したミルコットの選択は決して間違いではなかったろう。その速度、その膂力。流星も斯くやという勢いで空を走った彼女の特攻を凌ぐことはどんなに優れた魔法使いでもまず不可能と言っていい……だが、ミルコット最大の誤算にしてどうしようもない現実がそこに立ち塞がる。


「ふーん……無駄な肉が付いてる見かけによらず、割と良い動きするのねあんた。その殺意も含めてまあまあ美しいじゃないの」


「……!」


 槍の切っ先をするりと躱され、横を通り過ぎる前に顔を鷲掴みにされ。そしてビクともしない、離れられない。至宝の魔女ティアラは爆破に頼らずともこんなにも強い……! 腕力にはかなり自信のあったミルコットだが、頭部を掴むその五指から伝わる握力はあまりにも慮外で。力自慢であるが故にそこに埋めがたいだけの絶対的な差を彼女は感じ取ってしまった。


「あっはは、もがいちゃって。ご明察の通りに痛いわよ? 覚悟なさい──せぇー、のっ!」


「ヅッ!!」


 ドンッ! とティアラの掌から爆発が起きる。痛い、熱い、よりも前に。真っ白な光に網膜を焼かれ、顔面に受けた衝撃で回転しながら落ちていくミルコットの意識にはぽっかりとした『空白』があった。爆撃が地上に設けたデッドスペースのように、爆破によってそこにあるべきものがまとめて吹き飛ばされた。視覚と聴覚を失い脳がガンガンと揺れている今の彼女はどう見ても死に体であった……が、しかし。


「!」


 墜落を見届けてのち、追撃を降らせて完全なるトドメを刺さんとしていたティアラの視線の先で。もはや死を待つばかりであるはずのミルコットが、突如くるりと反転し体勢を立て直したではないか。


 前半分が抉れ飛んだ頭が正確にこちらへ向けられたかと思えば、ぐじゅぐじゅと傷痕が蠢き始め──あっという間に元通りのミルコットの顔立ちへと修復された。見えているし、聞こえている。その眼差しからそう受け取ったティアラの確信は違わず、力強い羽ばたき一回。そうして急上昇したミルコットは打突を繰り出してきた。先のように巨大化したものではなく、彼女そのままの大きさの拳。を、ティアラは迎え撃つのではく回避することを選んだ。


 目の前を駆け上がり、上空で翼を広げて止まったミルコット。その視線があたかも固定ロックされているかのようにまだ自分に──自分だけに向けられているのを確かめて、ティアラはふんと口角を吊り上げた。


「生意気! 私を見下ろすなんてね……でも今だけは許してあげるわ、至宝の魔女はとても寛大な魔女だから。だけどこれはあんただからこその特別扱いよ──凄いじゃない! 死なないどころかあそこから回復までできるなんて、少しびっくり。ただちょっとマシな程度の雑魚かと思えばあんた確かに『こちら側』に届きかけてるわ。つまりは賢者クラスってことよね。あは、そうとなれば気も変わったわ。私には到底及ばないとはいえ見かけだってそこそこ美しいことだし……殺さずに持ち帰ってあげてもいいわよ!」


 くすり、とそこでティアラはいたずらな笑みを見せた。


「あとからそれを知らせたときにルナリスがどんな顔をするか見物ね。あんたみたいなのが不意に出てくるのをあいつはひどく嫌うからね……でも文句は言わせないわ、自分だって賢者を二人持つなんてずるっこしてるんだし。ということで、良かったわねミルコット。あんた多分死なないわよ」


「私はお前の物になんてならない」


「あはは! ええそれでいい、全力で反発しなさいな。抗うあんたの手足を一本ずつ捥いでいって、治ったならまたやり直し。顔もその度に焼き潰してあげる。何度だって繰り返すわよ? 至宝の魔女はその嗜虐心すら美しいもの──いつ抵抗する気をなくして私に首を垂れるか、とても楽しみだわ!」


「……」


 よく回るティアラの口に、ミルコットは必要以上に言葉を返そうとはしなかった。ただ無言で見据え、拳を握る。勝てる勝てないの算段はしない。師に命じられたからには命じられた通り、その内容を遵守するまで。それ以外のことは全て置き去って眼前の敵へ挑むまでである。


 ぎちぎちと今にも何かが弾け飛びそうな音が彼女の体内で鳴る。それは増殖させた体積を素の肉体の大きさに留めようとしているが故のもの。修行時代、イデアが時折見せた魔力の超圧縮。それを参考に長年かけて編み出した肥大化増殖。目には見えない密やかなる巨大化がこれまでになく最高の出来で行えていること、それを勇気とするまでもなく、冷え切っているミルコットの思考回路はとにかくティアラへ一打を浴びせることにのみ集中していた。


 粒子が満天のように駆け巡る天上にて、再び一筋の流星が疾走った。



◇◇◇



「これは……」


 ズン、と。建物の床を揺らしたそれは振動と言うにはごくごく小さく短く、ともすればただの立ちくらみ、あるいは勘違いかと気にも留めないようなものでしかなかったが。しかし何故だかそこに重大なものを感じ取ったクアラルブルは、職員棟の教師陣を全滅(※気絶)させたその足で屋上を目指した。最上階にいたこともあってすぐに目的地へ辿り着いた彼女が学院島全体の様子を窺おうと屋上を仕切るフェンスへ近寄った瞬間、チカリと視界の端に何かが光り、その後に残響のような爆音が耳に届いた。


 先のそれとは種類の違う異変。そう直感しつつも咄嗟にクアラルブルがそちらへ目を向ければ、遠くオラール市内の何処かで黒煙が立っているではないか。あそこで巨大な何かが破裂したらしい。距離があるのでわかりにくいが周囲の建物の大きさと比べれば立ち上る煙が相当な規模であることは明らかだ──たとえ火属性の最上級呪文を専属家エキスパートが使ったとしてもああはなるまい。個人の魔法使いが出せる火力を一回りどころか十回りは優に超えている……怪物ミルコットにすらあんなことは実行不可能だ、とクアラルブルはその観察力で以って結論する。


 ということはあそこで暴れているのがミルコット以外にも、最低でもあと一人。こちらの情報網にない未知なる怪物が存在していることになる──。


「少し遅かったかのう」


「!?」


 街のほうへ気を取られていた、というのは言い訳になるまい。屋上へ出る際クアラルブルは周囲への警戒を怠っていなかったし、それは今この時も継続中なのだ。だというのに、その人物があえて声を発するまで彼女は自分以外の気配にまるで気が付けなかった。類い稀な観察眼を有する彼女が、だ。


「クアラルブル先生。ぬしがここにいるということは、中は惨憺たる有り様なのじゃろうな。それは見ずともわかる……」


 星明かりも遠い暗い夜の闇に浮かび上がるようにして一人の老人がそこに姿を見せた。クアラルブルに倣い職員棟の屋上にふわりと降り立った彼が何者であるか、まさか見誤るはずもなく。


「これはこれはー……モーデウス院長先生ではないですか。何故ここに? あなたは副院長と共にオラールを離れてらっしゃるはずではー?」


「副院長はその通りじゃが、ワシはそう偽って管理塔へ身を隠しておったのよ。魔女様からのお達しと言えば理解できよう?」


「『月光』様が。なるほどー……」


 読まれていたのか? いつから、どこまでが? さも得心いったように頷きながら過去を振り返り高速で思考を回転させるクアラルブルへ、その内心の焦燥を見抜いているのかモーデウスは鋼のように静かで冷たい瞳の奥に微かな、しかし確かな悲しみと怒りを覗かせて言った。


「よもやぬしがこのような真似をするとは思いもよらなんだ。ワシにとっても甚だ遺憾ではあるが、クアラルブル先生。こうなってしまったからには聞かねばならないことがいくつかある……嫌だと言っても口を割ってもらうぞ」



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