111.超! 美しい!!
「うん! ガーディアンズ本社、撲滅完了!」
本社と宿舎の両方を更地に変え、見晴らし良くとも非常に殺風景となったその場所でミルコットはにっこり笑う。良い笑顔の裏には勿論、我慢に我慢を重ねて蓄積していた待遇への不満、上司や同僚たちへの恨みつらみを暴力として放つことで得た清々しさがあった。
好き放題に暴れた彼女だが、しかし感触としては最初のセクハラ男以外は誰も殺していない。瓦礫の下にいくらか逃げ遅れが埋もれている可能性もあるが、しかし追い返した分社からの応援と一緒に大半の職員は無事に避難しているはず──と、思っているミルコットだ。イデアからの言いつけを破ってしまったとは考えたくないのできっとそうだろうと信じておく。自分は暴れすぎたりしていない、と。
ついさっきまで立派な建物が二棟あった場所に今はもう何もないとなれば奇想天外なトリックでも用いた手品のようであるが、そこには種も仕掛けもない、彼女は文字通りにその手でガーディアンズを上から叩き潰しただけだ。
壊し残しのひとつもなく完全に真っ平としたのにはやはり並々ならぬ復讐心がそこにあったとしか思えないが、ミルコットを動かしたのはあくまで師であるイデアの命令によるもの。そうでなければこんな真似はしたくてもできなかった……我慢の限界に達したとしても夜逃げのようにそそくさと街から離れるくらいが精々だったはず。とてもとても、恨みを拳で返せるような人間ではない。ミルコットは自分のことをそんな風に捉えているし、またそれは──些かのバイアスがかかっているとはいえ──決して誤解や間違いとは言えなかった。
実際、イデアが「やってしまえ」と言わなければ。彼女に下卑た要求をしてくる男の存在を知って「殺してよし」と認めなければ、ミルコットはこうも『気持ちよく』その力を振るうことなどできやしなかっただろう。そして仮に、ガーディアンズがどんなに良い職場であっても、尊敬できる上司に頼りになる同僚を得ていたとしても。それでもイデアが命じたならば、彼女はなんの迷いもなく今と同じことができただろう。多少の罪悪感を抱きこそすれ、心の中で小さく謝罪こそすれ、しかし現在の光景となんら変わりない結果をこの会社にもたらしたであろう──つまるところミルコットとはそういう人間だった。
「一度撤退したってことは、この後は……うーん、どうするんだろ?」
人数を集め直しての包囲戦か、あるいは他に手があるのか。あくまで個の戦いしかしてきていないミルコットは対多数の心得がなく、そして人海戦術を取れる敵の定石というものも今ひとつ読めずにいた。彼女の役割は市内の戦力をなるべく自身に引き付けておくこと。そのためには『放っておかれること』が一番まずい。が、目の前から拳を向けるべき対象が消えたことでこの先どうすれば放置されずに済むのか、頭を捻ってみても彼女にはよくわからなかった。とにかく何も考えずに敵をぶっ倒せ、というイデアが徹底してミルコットの性格に沿って施した教えの弊害がここに現れていた。
「えっとえっと、分社だけじゃなくて魔法省からの応援も来るはずだってお師匠様は言ってた……そうだ、クアラルブルがそう教えてくれたんだ。大規模な魔法事故・事件を鎮圧するための特殊な課があるって。とっても強いっていうその人たちのことも私は抑えなくちゃなんだった……待ってたら向こうから来てくれるのかなぁ? それとももう来てたりして……」
期待を込めてきょろきょろと辺りを見回すが、まだそれらしい影は確認できなかった。作戦開始時刻からニ十分ほどが経った今、イデアの命令を遂行するためにはあと最低でも十分程度は市内戦力を掻き乱す必要がある。けれど学院島のほうで起きている騒ぎについても魔法省はとっくに掴めているはず。いくらミルコットがここで大暴れしたところで、メギスティンにおいても最優先警護対象のひとつであるステイラバートへなんの支援も送らないというのは考えにくいことだった。
「……うん! 待ってるよりも私から出向かなきゃ、だよね。お師匠様の邪魔なんて絶対にさせないように──、っ!」
そう決めて踏み出そうとした一歩を咄嗟に速めて大きな歩幅に変える。その場から逃げるためだ。感覚が訴える警報に従ってミルコットが動いた直後に起きたのは、爆発。激しい風圧を背中に受けて宙を舞った彼女は全身で瓦礫に突っ込み、けれどすぐさま立ち上がって身構えた。普段は度を超えてのんびり屋にしか見えないミルコットだが、敵の出現と同時にその思考は見事に切り替わる。そうあれるようにと鍛えられているからだ。
攻撃を視認することなく回避、から即座の戦闘体勢。これには不意打ちを仕掛けた側もいたく反応を示した。
「へえ、避けるんだ? この私が美しく仕留めてあげようっていうのにそれを台無しにするなんて……なんて生意気! もう楽に死なないこと確定よ、あんた」
「……!」
黄金一色。
に、所々に銀の輝きが映る華やかを通り越してけばけばしいまでのローブをマントのように羽織って着こなして。わざと開けて見せびらかしているとしか思えない内側もまた金と銀の集合で出来た、夜の暗さがあっても目に痛い服装。髪色すらもピカピカに光り放つバターブロンドの金に銀の装飾で飾ったある種の狂気すら感じさせる拘りぶり──。
煌びやかな光色の二色のみで構成された奇天烈な少女は、その出で立ちからまるで夜空に浮かぶ巨星の如くに悠然と佇んでミルコットを見下ろしていた。
「ふん! 珍しくもクラエルじゃなくて私に頼み事なんてするものだから、きっと槍を降らせるつもりなんだと思っていたんだけれど。あんたのことなの? あいつが言っていたメギスティンを襲う災禍とかなんとかっていうのは……まあ、そうであってもなくてもどっちでもいいわ。あいつの名前で我儘放題するのにもそろそろ飽きが来ていたところだし? 雑魚魔法使いたちの手に負えないようなのが出てきて助かったわ。いいところで事件をおこしてくれてどうもありがとう!」
「むむ……お前のためにやったんじゃないやい」
「ありがたく受け取っておきなさいよ、高貴な私の高貴なお礼なのよ? まったく無礼者ねあんたは……よほど粛清されるのをお望みのよう。ふふん、そう張り切らずともすぐ叶えてあげるから安心なさい」
と、そこで少女はミルコットの立つ場所、その周囲の有り様を確かめてから。
「ぐっすり就寝中だったからちょっと遅れちゃったけど、まだなんの被害も出てないみたいね。間に合わなかったらあいつが煩かっただろうからラッキー」
被害なし。この惨状を見ておきながらなんの躊躇もなく少女はそう口にした──それが誇張などではなく本心からのものであることはミルコットにもよく伝わってきた。ガーディアンズは街を守るのが仕事。言うなれば街の代わりに傷付く仕事だ。そういった職種であるからには、たとえそのために総員死亡という悲惨な結末を迎えたとしても、それは『被害』とは言えない。見做さない。
悪意なくその暴論を言ってのけるギラついた少女からミルコットはひしひしと感じている──これは紛れもなく超越者の気配! 『弾かれ者』の集合であるガーディアンズの職員とも、優れた魔法使いであるクアラルブルとも、そして魔女の弟子たる自分とも違う、かけ離れている。
より近いのは、そう、己が師。魔女イデアにこそ最も近しいと認めざるを得ない、生まれながらの強者にしか体現できない王者然とした暴威的な佇まいが彼女にはあった。……知らずミルコットの頬を冷や汗が伝う。顎先から落ちたそれを自覚した瞬間に「これではいけない」と思う。今の自分はイデアの教えを守れていない──。
「で、あんた何者?」
「……ミルコット」
「馬鹿? 名前を聞いてんじゃないのよ。ガーディアンズを狙った理由は何かってこと」
「私、ここの職員だから。ずっとむしゃくしゃしてたから潰しただけ」
「……はぁん、まあいいわ。こういうのってガラじゃないし知りたきゃ後であいつが頑張って聞き出すでしょ。よっぽどの奇跡でも起きて、そのときあんたが生き残ってたらの話だけどね!」
「!」
少女が腕を振るう。その指し示す軌跡に沿うように粒子状の輝きが広がり、ミルコット目掛けて伸びてくる。覆われる範囲から逃れるためにまた地を蹴った彼女の眼前で、キラリ。一際に粒子が強く瞬く。
「うッ……!?」
そして爆発。連鎖的に起きたそれを避け切れずにミルコットは熱波と爆風をその身に浴びる。先の一撃からどういった攻撃法かは予想できていたというのに、そしてその通りだったというのに、速度と威力が予想を遥かに超えていた。黒煙を引き摺るようにして敵から距離を取るミルコットは、じんじんと熱を帯びて痛む肌の焼け痕とは裏腹にすっと思考が冷えていくのを自覚した──今宵彼女が真に戦闘体勢となったのは今この時だった。
「雑魚魔法使いが束になっても敵わない、なんて言ったところであんたも私からすれば陸の上の稚魚に過ぎないわけだけれど! でも一応は出動要請が来たくらいですもの、ちゃんと名乗っておいてあげるわ。忌々しくも盟友である『月光の魔女』ルナリスと支配地を共にする北方の魔女、ティアラ! いと貴き王冠は『至宝』……この世で最も美しい魔女がこの私よ。さあ、至宝の輝きに押しつぶされる塵芥よ──その散り様で私を楽しませることが生涯最期の使命と知り、そして死ぬがいいわ!」
「…………、」
高笑うティアラの全身から粒子が散布される。霧雨の如くに広く隙間なく降り注ぐそれを回避する術はないと悟ったミルコットが、ならばと今いる場所から動かない選択をすると同時にそこは爆心地となった。生き埋めになっている職員が存在する可能性など微塵も考えない、考えたところで少しも遠慮しない至宝の魔女が敢行した爆撃。それはガーディアン本社の跡地に留まらず、周辺一帯の建物にすらも余波で被害を及ぼすほどの常軌を逸した破壊力があった。
もうもうと噴き上がる黒煙の中でキラキラと光り輝きながら。自身の作った地獄絵図を満足げに見下ろして、その魔女は喜色満面の表情を見せた。
「ああ堪らない──今日も私の魔法は! そしてそれを操る私は! 超! 美しい!!」




