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109.ひとつの世界を

理想領域エイドス、と呼ぶのですか? 世界を覆う天幕の如き高次の世界……とは、これもクラエルの談ですが。あなたがそこからの来訪者だというのは確かなことなのですね?」


「まあね。俺はエイドス生まれだし、あちらのことを理想郷だと謳っていた誰かさんに倣ってそう名付けた。幽世という言い方もかなり的を射ているが、ここは俺の呼び方に合わせてもらえると助かるな」


 幽世とは確か現実を反映しながらも変化のない夢幻のような世界だったはず……そして実存世界イグジスたるこちらを覆う天幕という表現。クラエルはかなり正確にエイドスを認知していると見ていいだろう。気になるのはそうなるに至った経緯。確実にあちら出身じゃない彼女がどうやってそんな知識を手に入れたのか、その仕入れ先についてだ。


「『晴嵐』、『死生』、『至宝』、『月光』、『黒鉄』、『深淵』……」


「!」


「そして『始原』か。通称七魔女、会談に所属する伝説の住人たち……だよな? 東方圏からの協力もあってそれぞれの二つ名を知ることはできた、が。逆に言うと伝承以外にはそれくらいしか知ることができなかった。個々人のもう少し詳しいところまで把握できた上で潜入に望めたら良かったんだが、生憎とね」


「…………」


「とまれこの国で君と対談できたことは僥倖だ。差し支えなければ教えてくれ」


「何をでしょうか?」


「魔女の名だ。全員のを聞きたい──今すぐに」


 少しばかり眉をひそめ、訝しみながら。しかし特に隠し立てしているわけでもないのだろう、ルナリスは「いいでしょう」と存外簡単に俺の要求に応えてくれた。


「改めて。この私、月光ことルナリス。晴嵐ことクラエル。死生ことフォビィ。至宝ことティアラ。黒鉄ことディータ。深淵ことアビス。始原ことイデア……この七名が『魔女会談マレフィキウム』」の構成員となります」


「──アビス・・・


 至宝の魔女についても今初めてその名が判明したが(一応ここの授業でちらちらと聞いた覚えはある)、しかし俺の注目を攫ったのは深淵の魔女だ。アビス、アビス、アビスか……なるほど。まさかのことではあるものの、そうだとするなら辻褄は合う。いや本当に、俺にとってはまさかもまさかなんだけれども。なので、ちゃんと確認をしておこうか。


「アビスの特徴も合わせて教えてくれるかい。身体的なもので構わない」


「小さな少女ですよ。背丈はちょうどあなたと並ぶ程度でしょうか……足元まで届く白い髪に、黄金色の瞳。怒っていようと笑っていようと酷薄な面持ち。魔女の中でも至宝に次いで特徴的な外見だと言えますね。ところで、どうしてあなたは彼女に拘るのです?」


「いやまあ、ちょっとね」


 このぶんだとルナリスは存じていない様子だが、ここまで一致するなら間違いない。アビスとはあの・・アビス。俺のよく知る妹分的存在のあいつのことだろう。


 ふん、名前だけなら同名の別人だとしか思わなかっただろうが……それつまりすぐにそう結論付けてしまうくらいに会談のメンバーにアビスがいる、というのが意外過ぎるわけだが、だけどそうか。そういうことであれば、クラエルにあちらの知識を授けたのは十中八九アビスなのだろうな。そこは納得できた。まあ、なんのためにエイドスに残っている例の二人を放ってまでアビスがそんな真似をしているのか、行動原理に関してはさっぱりもいいところなので疑問が尽きてはいないんだけど。


 何かしら目的ありきだとしても、とてもあいつが集団の中でやっていけるとは思えないのだがな……そういう意味でルナリスから見たアビスがどういった存在かもちょっとばかし気になるが、確かめるのが怖くもあるので無闇に藪を突っつくのはやめておこうか。


「それで、なんだっけ。どうすれば俺が満足するかだっけ?」


「ええ。やはりクラエルの言は正しかった、とするならば。そもそも異端者であるあなたが私たちの世界にいる理由、その目指すところがなんなのか。私のやり方を否定するばかりでなく、是非ともそちらの展望もお聞かせ願いたいものですね」


「ああ、そういう質問ね……うーん」


 そこまでディープな問いだとは思わなかったな。俺の目指すところ、か。その最終的な望みは昔から変わらずあるのだけど、そういえばこれを他人に語ったことはなかったかもしれない。セリアたちはもちろん、三弟子とかにも。……俺は俺でそれを取り立てて秘密にしているつもりもないが、けれど初めて聞かせる相手が今日会ったばかりの月光の魔女になるとは。縁というのはなんとも図れないものだな。


「魔法が大好きでね」


「はい?」


「たぶんイデアでない頃から性分は変わっていない。興味こそが原動力で、俺の全てだ。エイドスに魅せられ、この力を扱えるようになればなるほど更に渇く。興味が尽きずむしろ強まるばかりなものだからさ」


「何が言いたいのですか」


「もう少し聞いてくれよ、これは俺という一個人の根源に根差したことなんだ。ちゃんと説明しようとすると多少回りくどくもなる」


「……、」


「また話は飛ぶが、魔法という素晴らしい力を操る素質に最も重要なものとして俺は探求心あるいは向上心を挙げる。人にそう説くにあたり俺自身も一貫してその姿勢を崩していないつもりだ──即ち進んで探求し、向上し続けることをね」


「では……エイドスに満ちているという高純度の魔力を操れる身ながらに、まだ力を欲して止まないのが『始原の魔女』なのですか? 他の魔法使いにまで執拗に進歩を求めるのもその一環だと?」


「正しい。ただし後者はそうあって欲しいというちょっとした我儘のようなもので、そこに明確な見返りを求めているわけじゃない。あくまで俺は俺自身の向上を求める。そしてそんな俺の目標は、『エイドスそのもの』にある」


「エイドスそのもの……?」


「そこの生まれだと言ったよな。それは要するにエイドスという入れ物に俺が内包されている状態だ。これを逆にしたい……つまりだ。エイドス俺という入れ物に内包されている状態。それを目指しているんだよ」


「な……」


 開いた口が塞がらない、という表情で。ルナリスは信じ難いものを見るような目で俺のことを凝視してくる。その視線に真っ向から応えつつ、俺は微笑む。いい反応だ。このぶんにはアビスの正体は知らずとも、エイドスについての理解に関しては彼女もほぼほぼ正確であるらしい。


 張り詰めた沈黙。の後に、ルナリスは吐き気を堪えているかのように声を震わせて言った。


「ひとつの世界を、その身に宿すつもりだと?」


「そうだね。なかなか夢のある話だと思わないか」


「そんなことが可能だと信じているのですか?」


「可能かどうかは考えていないな。やろうとしているだけで」


「エイドスとはこちらの世界へ魔素を零す世界だと聞きました。魔素を変換して魔力を得る、この原則は魔女にとっても絶対……その源を絶つおつもりですか? そうなればこちらの世界の魔素は、魔法使いたちはどうなるのです」


「さあ。それはやってみてのお楽しみかな。俺がエイドスの代わりとなるのなら案外と今のままかもしれないし、もしかすると魔素が生まれなくなるかもしれない。けどそうだとしても君に不都合はないだろう? 魔法に魅入られて悪逆無道に生きる者はお望み通り一人だっていなくなるんだからな……それに」


 俺以外には、と心の中で付け加えておく。それはきっとルナリスの耳にも届いているのだろうが、ひとまず彼女はそこを指摘しようとはしなかった。


「それに、なんです」


「ディータを弄ってとっくに知ってるんだぜ。お前たち魔女が必ずしも魔素に頼っていないってことくらい。そりゃあ今のように力を振るうことはできなくなるだろうが、その場合はこの世から他の魔法使いが消えるときだ。相対的に会談の価値はより上向くことになる」


「相対的にですか、なるほど。そうしてあなたは絶対的な存在になろうというのですね」


「はは。エイドスが俺の物になれば、必然、そうなるだろうね」


「それを会談が──この私が許すとお思いですか?」


「うん? 言っている意味がよくわからないな。なんで俺のすることに君らの許可がいるんだ?」


「ああ……よく、よくわかりました。始原。あなたという魔女のことが。クラエルが手をこまねくその訳が、ようやく私も理解に及びましたよ」


「ふむ。それで? 君はどうするつもりなのかな」


「後ろをご覧になればよろしいでしょう」


 後ろ? 誰もいないはずの背後を振り返って見てみれば。あー、なるほど。そこにあったはずの扉がいつの間にか消え失せているではないか。何もない。この地下室にはもう入口も出口もない。隔絶されている、と外にあるトーテムとの繋がりが完璧に断ち切られていることで俺はそう確信する。


「閉じ込めたつもりか?」


「いいえ。閉じ込めるだけには留まらない。私はここであなたのことも矯正せねばならないのですから」


「矯正ね。生徒たちのように? いいね、やれるものならやってみてくれ」


「では遠慮なく」


「!」


 何かマズい、と直感が囁く。その魔法的本能の警句に従って俺は飛ぶ。上に広いことを利用してとにかくルナリスから距離を置こう──としているわけだがしかし、なんだろうこれ? なんというかこの空間、非常に飛びづらいのである。こんな感覚は初めてのことだ。


「──魔力にはそれそのものに力がある。故に人は抗いようもなく惹き付けられる。多量の魔力を操る魔女が人に恐れ敬われるのも、彼らにとって天災の如き私たちの行いを別にしても魔力の魅了こそが最大の理由となる……このことは今更あなたに講釈するまでもありませんね」


 ルナリスから離れれば離れるほど飛行が安定する。それはつまり飛ぶための魔法が安定しているということ。この事象が示すのはふたつの事実。俺の魔法が外部から乱されている。そしてその元凶は他ならぬルナリスにある。そこから推測するに『月光の魔女』の力とは──。


「エイドスから供給されるという高次の魔力。それを好きにできるあなたは余程多くの者を狂わせてきたのでしょう。それは魔女も例外にあらず、おそらくディータもあなたの魔力の性質には大いに苦労させられたはず。しかし、しかしですよイデア──私に対してはそれがなんら優越とならないことを教えて差し上げましょう」


「……!」


 力が溢れ、渦を巻き、淡い緑光となってルナリスを中心に展開される。清らかで厳かな気配がそこにある。その清浄さで俺を引き込まんとしている……だが同時に、こうも感じるのだ。


 俺は既に囚われてしまっていると。


「中和。我が月光の魔力はあらゆる魔法式を解きほぐし無に帰す浄化の導き。如何に強大な魔力があろうとそれを適切に運用できなければ持てぬ武器に同じ。魔女封じの魔女こそがこの『月光』であると知りなさい」



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[一言] ルナリス「ここでイデアを止めなねれば!」 イデア「うわ何これ、めっちゃ興味湧いてきた!解析して研究しよ」 この差よw
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