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107.どうして支配するのか

 最新最古の魔法学校『ステイラバート魔法学術院』の歴史を紐解けば、その原型となったものは約三百年前を起源としている。それはセストバル王国の周辺が無数の小国同士で絶えず衝突を繰り返していた例の戦国時代と同時期であり、その頃からもう今に連なる魔法学校の雛型が存在していたかと思うと、魔法学の聖地とまで呼ばれる現代でのメギスティンの立ち位置も頷けようというものだ。そしてメギスティンの発展とは即ちステイラバートの発展と同義である。クラエルが興したこの国を、途中からルナリスも手を貸して、それ以降は発展に対しむしろルナリスこそが熱心に尽力し始め、特段にこのステイラバートでは──というより首都オラールがそうだと言ったほうがいいか──彼女の影響が一段と強いまま現代に至る、というのが大まかな筋道である。体験入学で得た知識が確かならね。


 けれどこれ、やはり変だ。歴史に厚みがあることはよくわかったし、納得もしたが、それと同じくらいに腑に落ちない面もある。だって三百年だぞ。それだけあればどんな分野でも、たとえまったくのゼロからでも、それこそ何もかもが見違えるほどに発展するはずではないだろうか? 人類が紡ぐ三百年というのはそういうもののはず。しかも、魔法においてはゼロからスタートを切っているわけではないのだ。何せ開拓者・・・である魔女がいる。その魔女が用意した学校で、魔女の教えを受けて、魔女に憧れて育つ生徒たち。これだけの環境が脈々と受け継がれているにしては一般的な魔法使いのレベルがあまりにも低い。と、俺はそう評価せざるを得ない。魔法国家などと謳われ、最先端の魔法研究を行っているはずのこの地においてそんな状況になるのはどう考えてもおかしかろう。


 だからそこには、きっとそうなるだけの理由があるのだ。学年ごとに確立された授業体系。杖を持たせてのスタイルの強要。半年に一度の魔女の講義で『特別なことは行われない』──これらが告げてくる事実とは。


「あまりに支配的過ぎる。全てをコントロール下に置き過ぎなんだよ。未知を切り拓くことがその本質だろうに、魔女会談が君臨する世界における魔法とは単なる便利な道具止まりだ。……君たちは突出した才能の出現を拒んでいるように見える。新たな扉を開かれては困るとでも言いたげじゃないか。同じ呪文、同じ手法、同じ補助具、同じ授業に同じ生活。それで個性的な魔法使いが育つはずもない。そのせいだろう? 魔法という分野に大きな発展がないのは。既に拓かれた道を行くばかりで生徒たちは誰も未知に触れていないんだからそれも当然。だから疑問があるとすればやはり、こんなことをする君たちの目的だ」


 それを聞かせてくれと。そう願った俺に、ルナリスはしばしの沈黙で返した。閉ざされた唇はもう二度と開かないんじゃないかと思うほどに固く強く結ばれていたが、しかし彼女の返答は存外に早く。冷笑を消した口元に少しだけ種類の違う微笑を携えて、言葉を噛み締めるようなゆっくりとした口調で言った。


「何故そんなことに今更興味を持つのです? あなたは会談の混沌一派と同じく、自分さえ良ければそれでいいと他のことには一切の関心を示さない魔女でしょう。私たちが魔法の発展をコントロールしているとして──扉が開かれることを抑制しているとして。それが何かあなたに関係するのですか?」


「無関係ではない。だって、少し普通と違ったやり方で教えただけで見違える子の多いことと言ったら……本人の適性を見抜くことは難しく、上手くいってもそれは大半が偶然に助けられてのものだ。それを一般化、常態化しようというのは土台無理な話。けれど、俺はそうやって目の前の才能に向き合って、なるべくなら一人一人の適性。その個性を伸ばしたいと思っている。何故かって? 俺が欲しいからだよ。新たな扉を開けられる人材がさ」


 破格の才能持ちであるところのフランフランフィーは当然として。魔素と魔力の扱いが上手いセリアも、すり抜けのミザリィも、彫像のダンバスも、精神操作のモロウも。皆それぞれ突出した才能があって、そしてそれは俺では見つけられない新たな道に通じるものであるかもしれない──勿論、生涯を費やしてもそこに辿り着けない可能性のほうがずっと高いわけだが、しかし端から諦めるには勿体ないくらいの希望が彼らには……人間にはある。


「相容れないよ。だってこれは無駄どころの話じゃない。この学校がやっていることは非効率の極みだ。俺の視点では、確かにそうなる」


「お嫌いですか? ここステイラバートが」


「価値がないとは言わないけどね。何も知らないとはいえ生徒は楽しそうで、教員も真面目で。ここはいい学校だ。教育施設というよりも保育施設といったほうが適切だけれど、それにしたってとても良く出来ている……何よりその造りがいい。言わば誘蛾灯だろう? ここは」


「ええ」


「やっぱり。これだけ大掛かりな魔法陣を敷きながら一部の建物や区画にしか厳重な守りを施していないこと。そもそも浮島も同然に市内から浮いているこの学院島に部外者が割と簡単に侵入できる、という時点でおかしな話だものな。俺ならともかく、所謂『弾かれ者』と揶揄されるようなこの国での落伍者にまでそれを許すからには……ふふ、やはり魔女同士となれば似通るか? 捕まった者たちの末路が俺には聞かなくてもわかる気がするんだが」


「否定も肯定も致しません。どちらにも意味はないでしょうから……ですが仮に、あなたの考えに是を返すとして。否定されますか? こうしてくべる薪を見繕うことを」


「まさか。似たようなことは俺もやっているし、それは本当に無関係のことだ。好きにしたらいい、ただし。これは年寄りのたわ言だと聞き流してくれてもいいが、ひとつの忠告として言っておこう。人からの評価を気にするくらいならそもそもやるべきじゃないよ。押し並べて他者を我が物とする生き方なんてのはさ……そう思わないか?」


「…………」


「モーデウスも口では強がっちゃいたけど、思うところはあるんじゃないかな? 君と一緒で。だから彼も君も、少し俺に詰められたくらいでそんな顔をするんじゃないのか」


 泰然とした微笑のままルナリスは一切表情を変えちゃいないが、しかし俺にはそれが苦虫を噛み潰したような、非常に苦々しいものに思えてならない。今にも決壊しそうな出来の悪い魔法式みたいな雰囲気が彼女にはある……って、この表現はいまいち伝わりにくいかな。そうだな、もっとわかりやすく例えるなら。


 賢しらな子供が人前で泣くのを堪えているような、言わばそういう顔だった。


「人類が魔法を知ってウン百年、魔法が学べる技術となって三百年。それだけの時間が無駄になっているようでその点については少々……いや、かなり残念には思うが。だけど重ねて言おう、俺は君を非難しない。これは責めているんじゃなく問うているだけなんだ。月光の魔女ルナリス。是非とも君の本心を聞かせてもらえないだろうか? 俺はそのためにステイラバートに残っていたんだ」


 一応、体験入学の期間をずるずると引き伸ばしていただけではなくて、この対面を望んでいたからこその長居でもあったのだ。そうでなければ残る四つの大きな魔法学校を見て回ったり、ステイラバートに並びメギスティンの中枢である魔法省へ潜入場所を変えたりと、色々とやれることもあった。この学校に潜り込むために手間をかけ過ぎたのは確かだが、ルナリスという最大目標がない限りは俺もここまで固執はしなかった──はずだ。断定はできないが。


「あなたの苦労に配慮しろと仰るのですか? それこそ私には無関係のことでしょう」


「いいや、配慮すべきは君自身の行動の顛末についてだ。こうは考えられないかな? 星を読んだ君にこそこの状況の責任があると──つまりだね。最悪を避けるためにステイラバートを訪れ、自ら噂をそれとなく流して、俺のことを引き寄せて引き留めた。それは魔法省と五つの魔法学校を行脚することに比べれば俺の落とす影響一切をこの学校のみに限定できるという意味では素晴らしく英断だっただろうが……そもそもの話、君がそんなことをしなければ。俺は果たしてメギスティンにこうも興味を引かれただろうか、という話だよ」


 魔法の最先端がどんなものかを知るためにやって来た。最初はそれだけだったんだ。不自然な魔法の行き渡り方の理由を探る、そのとっかかりのようなものとしてね。しかしやって来てみれば、そこには謎そのものの正体が転がっていた。だがそれを知ったのも元を辿れば夜行館で耳にした魔女来訪の噂が全ての始まり。あれさえなければ俺が最初の潜入場所として魔法省を選んでいた確率は高く、その場合、体験入学のようなふざけた遊びを挟む余裕もなく探りたいことだけを探って満足して。ステイラバートの真実にはちっとも目が向かず、ほくほく顔で新王国へ帰還していた可能性だって大いにあるのだ。


「魔法陣で認識操作が行われているのには気付いている。重ね掛けの感触には当初戸惑いもしたけれど、面白いと思ったね。こうも徹底して発芽を避けるかと可笑しくなったくらいだ。そしてそれに気付かせたのは他ならぬ君なんだよルナリス。運勢に従った最低限の行い、それこそがこの状況を作り上げた。だとすれば、君はもう逃れられない。呼び寄せた俺の質問に答える義務があるはずだ」


「──なるほど。極めて理に適っている。最悪の手前に備えたことが却って運勢を確定させてしまったというのであれば……仰る通り私には大いなる責任がある。たとえどのような形であっても、あなたという災いに対するべき責が」


 災いか。あんまりな物言いをされているが、ルナリスからすれば俺はまさに災禍。ディータに攻め込まれた当時の俺と同じ立場に立たされているのが今の彼女であるからして……そしていざとなればディータと同じことをしたっていいと考えている以上は、災い扱いにも何も言い返せたものではないだろう。けれど、だ。


「どうして支配するのか、と問いましたね。ではこちらも問いましょう。──私たちの支配なくして世界はどうなるとお考えなのか、あなたなりの解釈をお聞かせ願えますか?」


「ん……そうきたか」


 実に彼女の言う通り、たとえどんな形になろうとも。知りたいことだけはきっちりと教えてもらわなくてはな。



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― 新着の感想 ―
[一言] 火薬も刃物も無くても、知恵と素質さえあれば身一つでもテロリストになりうる人材がその辺をほっつき歩く世界…かな? ハイファンタジー世界の治安維持って大変そうだよなぁとは色んな作品観たり読んだり…
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