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105.学術院長モーデウス

「うん、うん……そうか、ありがとうクアラルブル。こっちも丁度それらしいのを見つけたところだ。ここからは通信を控えるよ」


 向こうから了解が返ってきたのを確認してトーテムとのリンクを切る。どのみちこの先こういった物は機能しにくいだろう……何せ充満する魔力の密度が違う。それ故に隠しているはずがかなり露骨となってしまっているのは笑っていいものかどうか。よくある弊害なのかもしれないな。そもそも俺や他の魔女でもない限りはこの不自然さに気付くこともないだろうし。


 と、こっそり入り込んだ管理塔の一角。これ見よがしに天に向けそびえ立つ上階ではなく、教員にすらも認知されていない地下への入口と思しき厳重な封が施されたそこへ──それは一見すると何の変哲もないただの壁である──当たりをつけた俺の感覚は、直後にとある人物を目に留めたことでその正しさが証明された。


「やあ、院長さん。こんな時間にお一人で何をしておいでなのかな」


「……!」


「失礼、勝手にお邪魔させてもらっているよ。俺の名はイデア……それともあなたにはやはり『始原』と名乗るべきか」


 豊かな白髭を顎に蓄えたその老人の名はモーデウス。ステイラバート魔法学術院の長たる人物で、魔法省のほうの長と揃ってメギスティンの宝と称されている英傑である。そんな彼にはもうひとつ重要な肩書きがあって。


「『月光』の賢者をも務めておられるモーデウス院長。そんなあなたがこうしてここにいるのは、つまりそういうことだと思っていいのかい?」


「……儂の魔力に揺らぎはなかったはず。よろしければ、如何にしてこの隠形呪文を見破られたか後学のためにもお聞きしたい」


 む、こちらの質問には答えず質問返しか……まあ、いいけどね。透明化と気配消しの組み合わせはここしばらく俺も多用していたもので、それで隠れているつもりが普通に見破られていたとなると決まりが悪くなるのもよく理解できる。堂々としているようだがその実、目立ったミスもないのに魔法が通用しなかったとなると学術院の長としてはひとしおにその尊厳を傷付けられもするだろう……いやあるいは、それも含めて俺を試したつもりなのか? なんでもいいが。


「魔女の秘儀を期待しているのならお生憎だけど、地下への入口を探すために俺もそれなりに集中していたからね……そのついでにあなたのことも見つけてしまった。単にそれだけだ」


「なるほど、何も特別なことなどしていないと仰るわけですな……やはりあなたは魔女様でいらっしゃる」


 ふう、ともはや無意味となっている魔法を解除しながら深く息を吐いた彼は、改めて壁に見せかけられた扉と俺の間に立った。それはまるで、こちらの行く手を阻むかのような行動だ。


「挑もうというのか? 挑戦的でいいことだ」


 優しくお相手してやろう、と俺が一歩踏み出そうとすれば。モーデウスは落ち着き払った声でそれに待ったをかけた。


「挑むなどと、とんでもありませぬ。その反対です」


「反対?」


「はい。どうぞ儂の無様をご覧に入れてくだされ」


「!」


 そう述べた途端、モーデウスは思いもよらない姿を披露した。膝を曲げて頭を下げて、額を地べたに擦り付けるこの様はまさしくジャパニーズドゲザ! ……まさかこちらの世界でこんなものが拝めるとは思ってもみなかったな。ただ、いきなりこんなことをされても俺としては困惑するしかないのだが。


「なんのつもりか説明が欲しいな……ああ、顔を上げてくれていいよ。こちらを見もせずに話されたほうが不愉快だからね」


 それでは失礼をして、と俺の言葉に従ってすぐに地面から頭を離した彼は、けれど跪いたままの姿勢を崩そうとはせずそのまま話し始めた。


「見ての通りご容赦を願っているのです、魔女様。儂の仕える魔女『月光』のルナリス様はあなた様の来訪を望んでおりませぬ。どうかこのまま、ここには何もなかったとしてお引き取り頂きたく」


「あー……悪いけれど院長。あなたの言葉ひとつで引き下がれるものじゃない。俺だってそれなりに考えた末にこうしているんだからね。それにこう言ってしまってはなんだが、あなたの無様を見させられたところで俺にはなんの価値もないだろう」


「でしたらこの命ではどうか」


「……、」


「何故そこまで、とお思いですかな。これより先はルナリス様の秘めやかなりし天地。主の意に沿わぬ来訪者を通さぬためならばこの命のひとつ程度なんら惜しくもなく……もしも覚悟伝わりますれば魔女様に指図する無礼、平にご寛恕願い申し上げる」


 ご寛恕、ときたか。何も怒っちゃいないんだがな……しかし大袈裟な物言いをして俺から同情を引こう、などという姑息な真似でないことは彼の真剣な眼差しを見れば明らかだ。マジである。自分の命を差し出すことで俺が帰ってくれるならそれでいいとモーデウスは本心からそう思っている。なんという主人への忠誠心だろうか……などと感心できたものでもないな、これは。


「命懸けご立派だが、少しばかり自分を蔑ろにし過ぎじゃないか? ここの生徒が憧れているのは魔女だけど、目指しているのは賢者だろう。世間一般的に言えばそこが魔法使いの到達点なんだからな……そんな栄光者の一角が簡単に死のうとするのは如何なものかな」


 魔女ほどじゃなくても賢者だってそうそう替えの利く存在でもあるまい。貴重な手駒が勝手に死んでしまっては、少なくとも俺なら腹が立つ。弟子と配下とに関わらず、あるいは新王国の民であっても。何かしら手に負えないことならとにかく逃げ延びて生き延びて、自身の生存を最優先してほしいものだ。そうしてくれれば後は俺がなんとかするし、なんとかならずとも力尽くでどうとでもしてやる。


 与り知らぬところで所有物に壊れてほしくない。という思いは他の魔女にも共通するものだろうと推察できるが故の提起だったのだが、モーデウスはそれに静かに首を振った。


「儂の双子の弟、魔法省総長スクリットもまた『月光』に仕える賢者であります」


「へえ、双子の賢者。そういうのもあるのか」


 一人の魔女に複数の賢者がつくパターンもアリなのか。必ずしも組み合わせがペアだけではないことを知った俺に、彼はしかつめらしく頷く。


「弟が賢者であることは市井に知られておりませぬが、彼と儂は確かに立場を同じくする者同士。そして互いが互いの予備でもあるのです」


「ふうん。どちらか片方が欠けても問題はないと。つまりはここで賢者モーデウスが『始原の魔女』の鬱憤晴らしのために殺されたとしても、賢者スクリットが後のことを引き継ぐから構わない……そういうことかな」


「はい」


「いやいや、普通に考えて問題ありまくりだからね。だってそうだろう? 二人で一人の賢者だというのなら、対価に弟の命も貰わなくちゃ俺が引き下がる割に合わないじゃないか……なんていうのは単なる冗談だからそんな険しい目をしなくていい」


「冗談、なのですか。なんとも心胆に悪いお戯れですな」


「冗談抜きで言うなら、だ。たとえあなたが弟の命も追加でチップとしたところでこの取引は成立しないよ。何せ釣り合いがまったく取れていないからね。俺の前に立つなら死ぬ覚悟じゃなくてせめて生き残る覚悟をしておくべきだ。そうでないなら、モーデウス。回れ右して案内役をするといい」


 今ここで君の思う最悪を引き当てたくないならね、と。勧告のつもりで告げた言葉の意味を彼は正しく受け取ってくれたようで、再び重々しくため息をひとつ零してゆっくりと立ち上がった。ゆらりと珍しい真っ白なローブを揺らしてこちらに背中を向けた彼は、ため息以上に重たい声音でぽつりと言った。


「ついてきてくだされ」



◇◇◇



 思いのほか複雑な手順を介して壁に偽装された扉を開いたモーデウスは、そこに姿を見せた螺旋階段を一段一段踏みしめるようにして下りていった。その後ろに続きながらそこを構成する煉瓦のひとつひとつにみっちりと魔力が込められていることに若干呆れながら歩く俺に、沈黙していた彼がふと口を開いて訊ねてきた。


「あなた様の目的はなんなのですかな」


「目的ね。一言で言うなら調べ物、かな? スエゴスヴェリカの扱いでディータと揉めてしまったことは知っているかな……ああ、そうだね。まさか賢者が知らないわけがないね。まあ、それでいよいよ会談に初参加と相成ったからさ。当日までに俺もできるだけのことをしておこうと思って」


「御身自らで?」


「そりゃあね。残念なことに、ルナリスにとっての君のような頼れる賢者が俺にはいないものだからさ……ふふ」


「…………」


「ああ、そうだ。目的というならこっちも聞きたいな。『こんなこと』をしている君たちの目的をさ」


「それは──」

 

 思わずだろう。肩越しにやろうとした視線を、意識的に留めて。モーデウスは努めてこちらを見ようとせずに応じた。そこにどんな意味が込められているのか俺にはよくわからないけれど。


「──ステイラバートはあくまでもルナリス様の箱庭。その問いに対し儂の口から語れることはありませんな」


「ふんふん、それは道理だな。じゃあ少し聞き方を変えようか……モーデウス院長。君はこれで満足しているのか?」


「満足、とは……」


「言葉通りの意味さ。魔法学術院の長である君は、ルナリスの賢者でさえあれればそれでいいのかと。そう訊いているんだよ」


 かつん、と。モーデウスの革靴の底が螺旋階段の終わりを知らせた。ここまでの狭さが嘘のように広がった通路、その短い間隔の先にあるのは大きな扉。そちらを目指して歩き出した俺は、しかし案内をしてくれるはずのモーデウスの足が止まったままなことに気が付いて振り返った。


「どうした?」


「儂はルナリス様のため、世のために必要なことをしている自負があります」


「うん。それで?」


「故に問わせて頂きたいのです『始原の魔女』様。あなた様の思う魔法使いの価値とは、いったいどういったものなのか」


「……若いんだな、君は。ここの学生と何も変わらないくらいに」


「……!」


 愕然とした表情を見せる彼に、俺は笑みを返す。


「悪いがその問いにはこちらも問いでしか答えられない……考えてもみてくれ。探求心を忘れた魔法使い、なんてものにいったいどんな価値があるというんだ?」


「──、」


「さ、行こう。ちゃんと最後まで案内してくれよ、賢者モーデウス。君の主の下までね」



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