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独と薬  作者: R.藤間
雪解けに覗く春の兆しに
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12-05

 ――深夜零時過ぎ。月明かりに照らされた女の青白い顔、それから白銀の髪が煌めく。

 その視線の先には、やはり女が一人横たわっていた。首筋には、赤黒い斑点が一定の感覚で二つほど。そこから重力に従って赤い筋が見られる。

「魔女を呪いから解放するって……そう聞いたはずよ」

 少しばかりの戸惑いと怒気を孕んだ低い声で黒髪の少女は発言した。それは横たわる女を見下ろす女と、その横に立っている少年に向けられたものである。

「ええ、解放されたでしょう。だから、このように息絶えることができるのですわ」

 女は少女の問いに淡々と回答した。眉一つ動かさず、瞬き一つせず。

「うーん……分かるように説明してもらいたいところね。ねえ、世良」

 ミルクティーベージュのふんわりとした巻き髪の少女は、女の隣に立つ少年の名を呼んだ。

 風紀委員の上狼塚友乃藍と赤兎馬麻亜由――ゆのとまゆは、つい数時間前に別れたはずの瀬羅田世良とエリスと対峙していた。その間には女――つい数時間前に氷河期を再来させかねなかった魔女、氷堂雪姫が横たわっている。きっと、もう目覚めることはないのであろう。

 風紀委員の二人は理解していた。ここは事件現場――そう、二人が追っていたあの吸血鬼事件の現場なのだ。そして今こそ、その現行犯人である恐ろしい吸血鬼――エリスに問い詰めたい。しかし、取り敢えずは面識のある世良に説明を求めたい。そんなところである。

「運命の捻じ曲げは罪ですわ」

 結局、先にエリスが答えた。エリスの淡々とした声が、深夜の静寂に響いた。

「わたくしは罪人の魂を裁判所に送り届けますの。そして、魔女だった者たちの魂の弁護をするのです。結果はいつだって変わりませんけれど」

 エリスの話は突拍子もないもので、ゆのとまゆは到底理解できなかった。二人は世良に視線を向けるも、それに気がついた世良は困惑する。エリス、と名を呼んで世良が返答の是非を伺うも、エリスは何の反応も見せなかった。それはどうやら否定するものではないということらしい。

「エリスにはエリスの役割がある。そして、それは定められた規律に基づいていて――そう簡単には変えられないということだ」

 世良はそれ以上を語らなかった。

「あなたたちは雪姫ちゃんを殺すために呪いを解く必要があった。つまりはそういうことなのかしら」

 まゆが自身の解釈の確認を取ると、エリスは難なく肯定した。世良は口を噤んでいる。

「理由は教えてもらえるのかしら」

 立て続けにゆのがそう言うとエリスは少しの沈黙の後、口を開いた。

「世良の言ったとおり、世界は定められた規律の元に営まれておりますの。現状、世界の中枢に君臨する女王――彼女の法律が全てですわ」

 無表情にエリスは続ける。

「運命の捻じ曲げは大罪なのです。女王の裁きで有罪判決が下されれば、魂は業火によって燃やされ、輪廻転生を許されず完全に消滅するのです」

 理由を尋ねてみたはよいものの、二人は返ってきた答えを全く理解することができない。

 魔女、魔女の呪い、魔女の殺害、魔女の魂の裁判、魔女の魂の消滅――察するに、魔女を監視する機関のような何かがあり、エリスはそこに関わっているということか。それはこの世界の話なのか、どこか別の世界の話なのか。

 それにしても、エリスの行為は矛盾している。魔女を殺すために呪いを解き、魔女を殺したのにその魂の弁護をする。彼女の目的や課せられた役割というのは分からないが、そこには何らかの事情があるのだろうか。

「雪姫ちゃんは望んで魔女になったわけではないでしょう」

 まゆが静かな口調でそう言うと、エリスは横たわる雪姫に視線を落とした。

「ええ、仰るとおりですのよ。わたくしはそれを主張し情状酌量を得るつもりでいますわ――けれど、女王の判決は絶対なものですから」

 暫くの無言が続く。ただそれは、ゆのとまゆが質問を切り上げれば終わる話でもあった。

「この者は誰かに見つかれば、この世界の常識とやり方で、誰かが手厚く葬ってくださるでしょう。それが人間なのだとわたくしは理解しています。それでは――」

 エリスは雪姫、それからゆのとまゆに対してくるりと背を向ける。世良はエリスの後を追い、やがて彼女を追い抜くと進行方向の空間を裂いた。その空間の先がどこに続くかは分からないが、二人はその中へ消えていき、やがて姿は見えなくなった。

 残されたゆのとまゆは、警察に匿名で一報を入れ、小さく合掌した後その場を離れた。深夜に高校生が通報したとなると面倒なことになるのは明白である。

 二人は沈黙したまま夜道を歩く。何か会話をする気持ちにはなれなかったのと、各々考えることがあったためである。

 しかし、その沈黙は破られた。

「あ」

 ゆのは唐突に声を上げたのだった。

「ゆーみんに言ってなかったわ――現場から失われるもののこと」

 ゆのの話が何のことだったか、まゆはすぐには思い出せなかったのでゆのの言葉を待つことにした。

 いつだったか、ある日の放課後――夕美が綺羅桜という人物について二人に話を持ちかけたときの話だ。夕美は吸血鬼事件は愉快犯の可能性があるのではないかと推察していた。しかし、二人はその可能性は極めて低く、そこには常識を超越した力が働いていることを知っていた。

 結局その日は世良が現れたことで夕美の推察を否定する理由を話すことができなかったが。

「失くなっちゃうのよね。被害者に関する記憶」

 ぽつりとゆのは呟いた。

 ゆのとまゆは地域の、いや世界の――と、大それたことを二人は簡単に言う――秩序を守るため、また自身の前世――『所有者』の謎を解明すべく、風紀委員として吸血鬼事件を追ってきた。そのなかで何度か異能力を持つ者とも接触してきた。しかし、吸血鬼事件の被害者についてはいつの間にか何もかもを忘れてしまうのである。加えて、ニュースや新聞の報道はいつだって身元不明と記載された。

「でも、あたしはまだ覚えているわ。氷堂雪姫のことを」

 あたし、分かった気がするの。ゆのは正面を向いたまま話を進める。

「あたしたちの記憶――いえ、世界全体からその存在が抹消される――それこそが」

「魔女の魂の消滅」

 かしら? とまゆはゆのの顔を覗き込む。そうね、とゆのは返した。

「それじゃあ私たち雪姫ちゃんのこと、いつか忘れちゃうのね。藤ヶ崎さんも」

 藤ヶ崎――まゆからその名前を聞いて、ゆのは彼女のことを思い出す。

 数時間前に雪姫が世良に連れられて向かった先は藤ヶ崎の入院する御子神市の病院だった。雪姫は悠久の時を生きてきた魔女である。呪いの解かれた魔女がどうなるのか、おそらく雪姫は知っていたのだろう。そしてまた、エリスと行動を共にする世良も。

 世良の行動理由もはっきりしているわけではないが、彼・彼女たちの優しさにも見える矛盾するような行動は、やはり絶対的な規律に基づくのだろうか。

 ふうとため息を吐くと、ゆのは隣を歩くまゆに語りかける。

「吸血鬼事件の真相はよく分かったわ。そして、近い内にまた事件が起こることも――」

 そうね、とまゆは返した。

 十二月の深夜。二人の少女は帰路に着く。今日というあまりに長く密度の濃い日を、彼女たちは忘れていく。断片的な記憶からたまに思い出す悲しさに、少しばかりの疑問を抱いて――。

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