12-02
屋上は異常な光景が広がっていた。視界いっぱいに広がる白と灰色の景色――積雪と凍った路面、そこからそびえる氷柱、強風と吹雪、それから雹……それほど広くないはずの屋上も、視界や足場が悪く、何がどうなっているのか状況を把握できない。立ち止まっていたら、凍死しそうである。
このような状況でエリスはよく優雅にヒールで歩けるなあ……と、前を進むエリスを見て音子は感心していた。おそらく、これも何らかの魔法を使用しているのだろう。エリスのパゴダ傘を中心に、ベールのような魔法がかけられているらしく、エリスの後ろを歩く麗と音子は比較的安全に歩行を進められていた。
相変わらず視界が悪いので、どこに向かっているのかは定かではなく、進行方向はエリスに任せきりである。
「きゃっ」
突如、すぐ側を通り抜けた強風に麗が悲鳴を上げる。視界の悪い前方から勢いよく現れた派手な色の塊――見覚えのある人物だった。音子は思わず彼女の名前を呼んだ。
「上狼塚さん……!」
ゆのは体勢を整え、髪や服についた雪を手で払い、ふうと息を吐いていた。酷く疲れた様子で、一目で異常が分かるほどぼろぼろで、細かな傷や出血が痛々しい。
「微かに違う匂いがしたから追ってきて正解だったわ。あら……」
ゆのは何かに気がついたのか、音子にじりじりと詰め寄り距離を狭める。急なゆのの行動に音子は困惑してしまう。
「音子ちゃん、あなた何かが変わったわね……あたしには分かるわ」
ふふ、とゆのは愉快そうに笑うと満足したのか音子から離れる。
「なるほどなるほど……何だか分かってきた気がするわ。うん、これはラッキーね。あたし達、とってもツイてる」
ゆのは一人で何かを理解し何か事を進めようとしている。うんうんと一人で頷いていたかと思えば、急に音子の手を取り「音子ちゃん」と名前を呼んだ。
「今こそあなたの能力が必要な時よ! さあ行きましょう。大丈夫、あたしに任せて」
音子は何が何だか分からぬまま、ゆのに手を引かれて白い景色の向こうへと消えてゆく。取り残された麗は「あらあ……」と呟きながら夕美を見送る他なかった。
「わたくし達も、あの者たちを追いましょう」
エリスはそう言うと、ゆのが消えていった方角にパゴダ傘の先を向ける。すると、パゴダ傘の先に二つの金属の柱が突如として出現する。続けて傘の先から、目に見えるレベルの強い光――かなり高出力の電力――が先ほどの金属の間に集中しようとしたところまでは、麗は捉えることができた。
あまりの強い光に麗は目を瞑ったが、暫くしてエリスが終わりましたわ、と声をかけてくれたことで、麗は瞼を持ち上げた。少しばかりチカチカする視界に、幾度か瞬きを繰り返す。やがて、視界がはっきりすると、驚くべき光景を目にした。エリスの向けた傘の先の区画は、ほとんどの雪や霧が取り除かれ、視界がクリアになっている。その先に、人影を見つけることができた。おそらく、あそこに音子たちがいるのであろう。
どうやらエリスは金属と電気の魔法を使用し、アーク放電を再現したらしい。空気をプラズマ化し、その高温のプラズマが雪や氷柱を融解し、霧を蒸発させた……ということのようである。
魔法にも科学は必要らしい――麗は妙に感心する。一方で、このような高エネルギーの発生から身を守ってくれるエリスのパゴダ傘は到底科学で説明のつかないもので、何だかおかしな感覚に囚われる。
かなり歩きやすくなった道を進んでいく。不思議なことばかりだ。しかし、きっと自身の姉はこのような不思議な世界で生きていたのだろう。




