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屋上に繋がる扉は、厚い氷に覆われていた。緑の誘導灯がかろうじて氷越しに見えるくらいである。厄介なのは、外も同じような――おそらくもっと酷い状態であることだ。
エリスは古典的な魔女と自らを称していたが、直接的に氷を溶かすという魔法はないらしい。炎を発生させる魔法や水を発生させる魔法など、エリスが使える魔法で対応するしかないという。
説明を聞いた音子は疑問に思ったことをそのまま口にした。
「あなたはどうやって外からここに?」
「わたくしは、霧や蒸気に姿を変えられますの。あなた方にそれはできないでしょうから」
つまり、エリス一人であれば、どこでも出入りが自由というわけで、音子と麗を外に出すためにわざわざ扉を通れるように魔法を使用してくれるということである。それはおそらく優しさ故の行動でないだろうが、やはりエリスは冷酷な人間ではなさそうに見える。
ううーん、と麗が困った顔で唸る。
「この厚さの氷を溶かすのは難しそうねえ……仮に氷を溶かせる室温にするくらい発火させたら、不完全燃焼が起こって一酸化炭素中毒になりそうだわ」
麗とともに行動してから薄々勘付いてはいたが、麗の冷静さに音子は驚いていた。おっとりしているイメージがあったが、それは思慮深さから来ているのかもしれない。
「溶かすのが難しいなら、いっそ砕くのはどうかしら」
音子の提案に、麗はなるほどと言い暫し考える。
「あのう……エリスさん。氷を砕くとしたら、どんな魔法が使えるのかお聞きしても?」
麗の質問にエリスは即答する。
「任意の形状の金属が作れますわ。わたくし自身に力はありませんが、重力の魔法や風の魔法を併用すれば、氷を粉砕できる可能性はありますわね」
やってみましょうか、とエリスは提案するなり、エリスの体がすうと消えていった。
音子と麗が突然の出来事に驚いたのも束の間、ガン! ガン! という大きな破壊音が館内に響いた。反射で音子と麗は身体が硬直してしまう。反響して聞こえるため分かりにくいが、エリスの行動によるものであれば、音の出処は非常口の外側からであろう。
変わらず音子と麗が呆然としていると、二人の前に今度はエリスの体がすうと現れた。そして一言、上手くいきましたわと。
どうやら金属の生成魔法によって、外側の氷を砕くことに成功したらしい。
「内側からも同じことをしますわ……人間は下の階にでも避難したほうがよいかと」
あの大きな破壊音からして、この場にいたらうっかり負傷しかねない。そういう意味だと二人は理解した。二人はエリスに頭を下げて、下の階へと小走りで移動する。その後、やはり盛大な破壊音が聞こえてきた。パリーン! という硝子の砕ける音もしたので、どうやら窓も割れたらしい。
「窓を割るほうが簡単で早かったかしらあ……でも、窓から非常階段に移るのは危険だから、きっとこれでよかったのだわ」
確かに、例えば車のフロントガラスに熱湯をかけると割れてしまうと音子も聞いたことがあった。麗の言うとおり窓を割ったほうが早かったかもしれない……と思いつつ、窓を割ったところで窓の下は地面である。落ちたら一溜まりもない。
カツン、カツンとヒールの音が聞こえた。エリスは終わりましたわ、と二人に一言声をかける。
音子と麗はお礼を言って階段を上ると、確かに扉が開いた状態になっていた。外から凄まじい冷気と強風、それから雪や雹が舞い込んでくる。
どういう仕組みなのかは分からないが、エリスは黒いレースのパゴダ傘でそれらを防いでいた。通常このような強風では日傘などすぐに骨が折れそうなものだが、何らかの魔法がかかっているのだろう。
「参りましょう」
エリスが前方を進んでいく。音子と麗もその後ろを慎重についていくことにした。




