11-04
――世良に頼んで、空間の行先を雪姫の元へと指定してもらった。
急に至近距離に現れた夕美と世良に、雪姫は驚きを見せつつも、すぐに攻撃態勢を取る。
「『氷堂さん、聴いて』」
まるで歌うかのように夕美が発声すると、雪姫は動作を停止した。人魚だった前世に所以のある夕美の能力は、人魚の歌とその声で人を魅了するものである。魅了とは、本質的には心理的安全性を示し、その者の精神を落ち着かせることにある。夕美の能力によって、雪姫は夕美の話を聞かなければならなくなった。
「私たちは藤ヶ崎さんに会いに行った。氷堂さんの痕跡があったのは、あの病院と藤ヶ崎さんだけだったから」
雪姫は夕美の能力に抵抗を見せていた。しかし、夕美は続ける。
「それで、氷堂さんのこと、それから山上友恵のことを――」
「やめて!」
雪姫は夕美の話を遮り、突如声を荒立てる。
「あんたがその先を話したら、雪姫がその話を聞いたら……それが『事実』になるのよ!?」
夕美の能力を振り切って、雪姫は手で掴んだ氷柱の鋭利な先端を、迷わず夕美目掛けて振りかざす。
「『止まって!』」
夕美は先程よりも、能力を強化して発声する。夕美の能力によって動きにブレが生じたため、振りかざされた氷柱は夕美の頬を掠めて落ちて行った。つうと血が滲むが、この寒さのなかでは夕美は自身の皮膚の異常に気づけない。
雪姫の動揺から、夕美は確信していた。揺らいだ雪姫の瞳は、ほとんど途方に暮れる子どものようである。
「考えたんだ。君と山上友恵、それから藤ヶ崎さんとの関係は何かって」
人と人との関係は何によって築かれるか。それは大まかに、共通のコミュニティで自然と形成されるもの、あるいは何らかの目的のために意図的に形成されるものに分類できると仮定する。彼女たちとの関係性が暴かれることに雪姫が危機を感じるならば、おそらくは後者であり、雪姫は目的を持って彼女たちと関係を築いているはずである。
山上友恵の結婚と引退報道によって雪姫の精神状態が悪化したことを踏まえれば、山上友恵の結婚と引退は、彼女と雪姫の関係を壊し、雪姫の目的が達成できなくなる、あるいは達成できなくなる可能性があると解釈できる。ここでの目的というのは、魔女の呪いとみてよさそうだ。この点については世良も触れていた。
それから、世良の整理した時系列を踏まえると、山上友恵の結婚報道によって目的を達成できなくなる可能性に憤った雪姫は、藤ヶ崎の元を訪れたということになるだろう。それでは、雪姫は何をするために藤ヶ崎に会いに行ったのか。
山上友恵との関係が破綻した、だから目的のために藤ヶ崎と新たな関係を構築しようとした……?
「昨日の夜、日付が変わった深夜――君は藤ヶ崎さんの入院する病棟を訪れた。山上友恵が結婚したことで、魔女の願いを叶える目的が破綻する可能性があったからね」
淡々と夕美が話を続ける。何一つ根拠はないので、それが推察にすぎないということを雪姫に知られないように、実のところは話しながら確認を取っているというか、試していることを悟られないように、ともかく夕美は自信のなさが自身の振る舞いに現れないよう努めていた。
その努力は結果として正解だったらしい。雪姫は肩を震わせて唇を噛み締めている。幾度となく見受けられた反応だが、これまでと異なるのは、それは怒りではなく静かな絶望であることだ。
「はっ……結局、あの子も同じだったわけね」
自身を嘲笑した後、雪姫は暫くその場に項垂れていた。
そして、今になって、雪姫はあの夜に藤ヶ崎の元を訪れたことを後悔していた。いやそもそも、なぜ自分はわざわざ藤ヶ崎に会いに――?
雪姫はあの夜のことを振り返ることにした。




