11-03
「ねえ、世良」
夕美が声をかけると、世良は視線も変えぬまま、何、とだけ素っ気なく返す。
世良の空間を通って、病院から水族館の屋上へと再び戻る途中の会話である。
「君は、おとぎ話を編纂・公開している人物について語ってくれたね」
ああ、と世良は肯定する。それが何かとでも言いたい様子が感じ取れた。
「その人物は魔女を呪いから解放するために行動しているようだけれど――それはつまり、海の魔女も同じということだよね?」
世良は、ふうとため息を吐いてから、そうだよと肯定した。
今は雪姫のことでたくさんであることを、もちろん夕美は自覚していた。しかし、先ほど真凛に会ったことで、前世の記憶と複雑な感情がどうしても湧き出てしまう。そうして、同じ前世を共有する目の前の世良に何かを期待してしまう――そんなところだった。
夕美は真凛が魔女になった理由を知らない。何となく、それを世良に聞くことを躊躇していた。世良が音子の記憶の回復を求めるということは、魔女の願いの当事者には音子、そしてもしかしたら自分も含まれるかもしれない。それを明確にすることは、それなりの覚悟を必要とした。
「……優海夕美。君が知りたいことの答えを僕は持っているよ」
世良は依然として夕美と目線を合わせないまま話を続ける。世良の空間は一方通行で、ただ遠くに見える光の出口を目指して歩くことができる。世良はずっと出口だけを見据えていた。
「前にも言っただろう、僕は復讐なんて興味はないのさ」
世良の返答をもって、夕美は結局深追いすることを諦めた。世良はその様子に、何とも言えない歯痒さを感じていたが、それを悟られることはないだろう。世良と夕美の会話はそれきりで終わった。
会話相手のいなくなった世良は、彼の日のことを思い出す。もう興味なんてないと思い込んで閉まっていた遠い昔の記憶だ。
実のところ、夕美の質問は酷く無神経であり、それでいて、夕美はそれが無神経だと気がつける術もない。彼女は何も知らないのだ。それは音子も同じく。知らぬことを責めるのも、また違う。ゆえに、世良はやり場のない苦い思いを噛みしめる他ない。もう幾度となくそうしてきた。
――ユーミリア、君は知らないだろうね。君が僕から何を奪ったか。
今さら声に出して、それを口にすることはない。世良はただ一人、頭のなかで思い出される記憶と感情を整理していた。
ユーミリアからすれば、世良――前世でのセイラ・クレティエが、ユーミリアから王子を奪い、ユーミリアを犠牲にして幸せを掴んだと思っているかもしれない。実際のところ、おとぎ話もそのように語り継がれている。
ユーミリアは自身で責任を負いきれぬ魔術を使い、結果としてその身を滅ぼした。ユーミリア、そして夕美の記憶はここまでだ。だから、知らない。
その後、家族を失った王子は、自責の念に駆られてユーミリアの後を追った。セイラとの未来を絶って。
最後に残ったのはセイラだけだった。ユーミリアの――否、ユーミリアたちの始めた物語は完結したかもしれない。
しかし、残された者たちにとって、それは長い人生のほんの一部の出来事に過ぎない。そして、その一瞬のユーミリアの選択が新しい歪んだ物語を紡いだ。
ユーミリアが禁術を選択した理由も、王子がユーミリアの後を追った理由も本当のところは分からない。セイラが知っているのは、ただ全てが過ぎ去った――後に残った過去の事実だけ。ユーミリアたちもまた、結末のその後を知る由もない。
あなたが知らないこと。
あなたのその幸せは、誰かの犠牲によって成り立っているということ。
あなたが知らないこと。
あなたのその幸せは、誰かの涙によって成り立っているということ。
あなたが知らないこと。
幸せの後の、犠牲と涙の結末。




