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水族館の屋上は、数時間前に立ち去った後よりもさらに酷い状況だった。辺り一面を覆う氷と、鋭利な氷柱。雪姫はどうやら既に目を覚ましていたようで、巨大な氷の塊の上に腰掛けていた。眠りのおかげで落ち着きを取り戻したのか、以前の激しい憤りは感じられないものの、相変わらず彼女の周囲は吹雪いており、空気中の水分が凍り続けている。
「さっきはどうも」
雪姫は気怠そうに、夕美たちに声をかけた。敵意は感じられない。
それで、と雪姫は続ける。
「あなたたちは、雪姫を救ってくれるのかしら?」
すぐに、あははと乾いた笑いが響く。それは単純な諦めではなく、どうも雪姫には、夕美たちにそれができるはずがないという絶対の根拠があるようだ。
「ね、雪姫ちゃん」
まゆが雪姫の名前を呼ぶと、彼女は少し苛立ちを見せながらも、まゆの方向に視線を向けた。
「雪姫ちゃん、私たちが雪姫ちゃんのことを何も知らないから関わらないでほしいって言ったでしょう?」
「ええ、そうよ。分かっているなら、氷のオブジェになる前に帰ることね」
雪姫ならここにいる四人を凍らせることくらい容易いだろう。その言葉は冗談には聞こえない。しかし、まゆは全く動じなかった。
「ね。雪姫ちゃんの怒りの根源は分からないけれど、最終的に求める結果は、雪姫ちゃんと私たち、同じはずよ。それから、私たちは雪姫ちゃんのことを何も知らない部外者ではないといえるわ」
「あたしたちが雪姫ちゃんへの理解を、これから証明するわ。だから、対話の機会を得られないかしら?」
雪姫は瞬きせずに無言のままだ。夕美は内心ひやひやしていた。まゆとゆのの大胆なところは見習いたいところだが、彼女たちほど夕美は勇敢でないことを自負していた。勇敢、という表現は些かポジティブすぎるかもしれないが。
暫くして、思考が整理できたのか、雪姫はふうとため息を付いた。
「せいぜい頑張ることね」
どうやら、チャンスは掴めたらしい。
これが最後だろう、と夕美は察していた。この機会を逃したら、人類は氷河期を迎えるに違いない。夕美たちが選択を間違えれば、人類が終わる。それはあまりに短絡的で浅はかかもしれないが、雪姫の能力を、魔女の力を目の前で見ている夕美にとっては、極めて真面目な感覚であった。嗚呼、今日は何をしていたのだっけ。そうだ、高校の友人と水族館に遊びに来た。休日だ。当たり前の日常ではないか。一体どうして、今自身の目に映る景色は、あの日常とまるで異なっているのだろう。
あまりの緊張感から、夕美はほとんど正気を取り戻していた。やめよう――夕美は首を横に振る。正気に戻ってしまったら、きっとこれ以上前に進めない。ともかく、今自身が為すべきことだけを追求すればよいのだ。不要な違和感は、今は置き去りにする他ない。




