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「藤ヶ崎さんが認めようが認めまいが、それは取るに足らないことだわ」
まゆは、軽やかな足取りでそう言った。世良の能力で、再び水族館へと戻る道中の会話である。
藤ヶ崎の病室を出ても、真凜は見当たらなかった。そもそも彼女が、どのような目的で夕美たちを藤ヶ崎のもとへ呼び寄せたのかは分からない。雪姫を眠らせたはよいものの、手詰まりだったタイミングで、病室への海水による悪戯が報道された。魔女、あるいは魔女の子しかなし得ない事象、さらに海水――となると、夕美の心当たりは自身の親である魅魔真凜のみである。
あまりにも根拠の薄い判断だったものだから、予測が外れることも覚悟していたが、さもそれが当然のように何も語らぬ真凜を見ると、真凜が夕美たちを呼んだと判断してよさそうである。
夕美がこの世に生を受けて、初めて真凜に会ったのは、確か鈴蘭女子高等学校に転校したばかりの頃だったはずだ。その時点で、目の前の女が、自身の前世で音子と世良と関わりを持つことになったきっかけを作った魔女――マリーであることを理解した。それで、どうしてマリーがいるのか、どうして自分は前世の記憶を持っているのか、音子を前世の人間として認知できるのか……全てを問い質したかったが、それができなかった。真凜は、音子についても知っている素振りだったが、おそらくあの時点で世良のことも認知していただろう。なぜ夕美に接触してきたのか、音子の情報を夕美に提供しようとしたのかは分からないが、真凜が魔女であるということは、真凜の呪いに所以するのだろうか。そもそも、真凜は何を願って魔女になったのだろう。
雪姫の一件で、夕美たちに手を貸したところを踏まえると、少なくとも敵対はしなくてよさそうだ。それとも、今回の件の何らかが真凜の願いに関与しているのかもしれない。
真凜については気がかりなことが多いが、今は兎にも角にも雪の魔女である。夕美は藤ヶ崎からもう少し具体的な情報を得たかったし、ゆのとまゆが何を掴んだのかも分からない。だから、雪姫のもとに戻る途中で、まずは話を聞こうと思う。
「藤ヶ崎さんが話さないのなら、雪姫ちゃんに直接聞けばいいのよ」
まゆは、にこやかにそう言った。夕美は呆気に取られ、何か言いたい気持ちに駆られたが、一方でそれもそうかもしれないとも思えた。
「雪姫ちゃんが藤ヶ崎さんの元を訪れているとしたら、彼女の願いに関わっている可能性があるでしょう? それから、雪姫ちゃんと会った後に藤ヶ崎さんが山上友恵の報道に興味を持ったのなら、それもまた関連性があるのよ、きっと」
ま、何もなかったら詰んでいるわね、あたしたち。と、ゆのは無責任な一言を付け加えた。しかし、現状、これが限られた時間の中でできる最善だろう。
相変わらず、この世良の空間には慣れないが、先に見える光が大きくなってきたから、どうやらもうすぐ水族館に着くらしい。
覚悟を決める――なんて立派なことは、夕美には到底できなかった。自信も根拠も何もないのだ。これ以上事態が悪化しないことを願いながら、夕美は光の先を見つめる他ない。ただ、歩みだけを進めるのみである。




