9-02
目の前にいる不気味な女を前に、どう振る舞うことが正解なのか、二人はまるで分からなかった。
「そんなに恐怖せずともよろしくってよ。わたくしは、何もしませんわ」
口角は上がるものの、先程から一ミリたりとも、その目は笑っていない。エリスと名乗ったこの女に、二人は底知れぬ気味悪さを感じていた。
「あのう、私たちに何か……ええと、そのう。私たち、逃げ遅れてしまって」
意を決した麗がか細い声で尋ねてみる。少なくともエリスが二人を助けに来たわけではないことだけは、自覚していた。
「わたくしは、ただお話しにまいりましたのよ。屋上の魔女は眠っているようですから……しばらくは、ここにいても害はありませんね。安心なさいな」
全く安心できない、と音子は瞬時に感想を抱いた。エリスの口からは、よく理解できないワードが展開されているが、問えば彼女は説明してくれるのだろうか。
「……私たちに何のお話を?」
「ああ、ヘンゼル・マイヤー。用件はあなたにではなく、ルオト・カルヴァイネンに」
突然、誰のものか分からぬ名を呼ばれ、二人は顔を見合わせ混乱する。しかしながら、エリスの視線と呼ばれた名前を鑑みると、麗をヘンゼル、音子をルオトと称しているようだ。
くすりと、エリスは笑う。
「思い出しましたわ。あなたたち姉妹のことを」
用件とは逸れますけれど、とエリスは付け加えた。何のことなのか検討もつかない音子の横で、麗は小さく震えていた。音子が麗の異常に気がつくよりも前に、麗は唇を噛みしめ、少しだけ躊躇った後、先程よりも遥かに震える声でエリスに問う。
「知っているの……? あなたは、姉のことを」
やっと発した麗の言葉を、やはり無表情にエリスは処理をする。
「わたくしは……いえ、本来はわたくしたちだけが、それを知っておりますのよ。ただ、あなたは特別ですわね」
エリスの言葉を、ほとんど麗は理解できていなかった。しかし、エリスは姉のことを知っている唯一の人物である。それだけで、とにもかくにも話をしなければならないという焦りばかりが先行し、普段の振る舞いからは想像できない気迫で麗はエリスを問い質してしまう。
「あの……! 姉は、桜は……! 今どこに……私、探したのよう……何度も何度も。でも、どこにもいないのよ、見つからなかったのよ……!」
最後はしゃくりあげていた。涙混じりの訴えに、エリスは躊躇もなく残酷な現実を告げた。
「もう、この世のどこにもいませんわ」
ぴたり、と麗の動きが止まる。その瞳はただエリスの無表情を捉えて、そのまま動かない。次第に、目尻から涙がはらはらと流れて頬を伝うばかり。
「き、綺羅さん……」
見かねた音子は戸惑いながらも、麗の肩を後ろから引き寄せる。友達が泣いている時、どう接すればよいかを音子は知らない。しかしながら、音子でなくとも、この異常な場面を収める術を知る者はそう多くはなかろう。
「魔女が目覚めるまで時間はありますわ。せっかくですから、おとぎ話について教えて差し上げましょう」
あなた方にも知る権利はありますもの、と意味深長な呟きを添える。
いずれにせよ、この凍り続ける館内に取り残された音子と麗には、エリスの話を聞く以外の選択肢は用意されていなかった。音子は麗の背中を不器用に擦りながら、エリスの次の言葉をじっと待つしかなかったのだった。




