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「あら、痛そう」
誰にやられたのよ、という言葉を飲み込んで、友紀子は大袈裟に顔をしかめて、同情しているような、哀れんでいるような、あるいは莫迦にしているような――いずれにせよ、普通ならば不快に受け取られるだろう態度をあえて見せていた。
艶のある黒髪、前髪と後ろ髪がきっちりと切り揃えられたおかっぱヘアー、少しつり上がったきつい眉毛と長くカールした睫毛、この上ない肌の白さと艶やかな唇――要するに、随分と美人な女生徒は、学校のセーラー服に身を包んでいる。
そんな友紀子を前に、へらへらと力なく笑っている、同じセーラー服姿の女生徒である悦子は、日に焼けた膝から血を流していた。毛先が傷んで枝毛になっている髪をおさげにまとめて、手入れのされていない眉毛の眉尻を下げながら、重い瞼の目を細めて、皮の剥けた唇は何も言葉を発しない。
「悦子は愚図で鈍間なんだから、もっと周りに気を付けなさいよ」
はあ、とため息を吐いて、友紀子は寄りかかっていた塀から身を離し、校門から出てきたばかりの悦子のもとへ駆け寄り屈むと、自身の制服のポケットから取り出した、真っ白なレースのハンカチーフを躊躇なく悦子の膝に押し当てた。
「ごめんね、友紀ちゃん」
悦子の謝罪の言葉が頭上から降りてくる。友紀子は決して顔を上げなかった。
本当は知っていた。同級の女生徒の何人かが、悦子を虐げていることを。今日だって、おおよそは下駄箱か階段か、どこかで後ろから悦子を突き落として嘲笑っていたに違いない。
膝は打ち身で赤くなっているが、擦り傷はさほど深くはなさそうだった。そのうち痣になるのだろう。
「友紀ちゃんの手、相変わらず冷たいね」
「打ち身は冷やさなきゃ駄目なのよ」
震える声で発した悦子の言葉に、噛み合っていない返答。悦子が頬を緩めると、溜まっていた涙が目尻から溢れた。
友紀子はずっと悦子が気に食わない。悦子は人を疑わないし、何でも信じてしまう、怒りもしない。身に起こる理不尽な仕打ちに対処しない。だから、ずっとこの調子だ。
だから、友紀子にとって、悦子は都合がよかった。都合がよかっただけだった。
「友紀ちゃん、ありがとう。ハンカチ、新しいの、買って返したいけど……その」
「あんたの血の付いたハンカチなんて、洗濯されていても要らないわよ。返さなくていいわ」
「ごめん……」
「謝るくらいなら、最初から怪我なんかしなきゃいいのよ」
血も止まったみたいだし、さっさと帰るわよ、と友紀子は立ち上がる。悦子の膝には血の滲んだ真っ白なハンカチーフが丁寧に巻かれていた。
悦子は「友紀ちゃん、待って」と声をかけるも、友紀子は自身の自宅と逆方向にさっさと歩き出していってしまう。悦子は不器用に歩きながら、友紀子を追いかける。どんどん離れていってしまう人影。透明感、といえば聞こえはよいが、悦子はいつか友紀子が消えてしまうのではないかと不安だった。でも、このまま悦子が追い付かなければ、やがて友紀子は立ち止まって、こう言うのだ。
「全く悦子は愚図なんだから」
ほら、と言いながら悦子を待ってくれる。きっと、ずっと、これからも。
友紀子の背中を追いかけながら、掠れる声で発した「ありがとう」が果たして友紀子に届いたのか分からなかった。




