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独と薬  作者: R.藤間
魔女と氷の要塞
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8-06

「ねえ、この間に猫山さんと、綺羅さんを助けられないかな」

 夕美の提案を真っ先に拒否したのは世良だった。

「二人をこの建物から助けたところで、今はどうにもならないだろう」

 それなら根本解決に時間を割くべきだ、と世良は言い切る。

「でも、次に彼女が目覚めたとき、この場所はリスクが高すぎる」

 食い下がる夕美を前に、世良は問題ない、と一言。

「僕の知り合いが二人の元に向かっているはずだ。彼女がいる以上、大事にはならないことを保証するよ」

 何を言っているんだ? と夕美は怪訝な顔を隠せなかった。しかしながら、この男の目的は何であれ、音子を失うことは本意ではないということ、それから雪姫をどうにかしなければ何も解決しないことを鑑みると、結局夕美は世良の言うことを飲み込む他なかった。

「ね。異常気象が始まった月初めと二時間前。何か思い当たることないかしら」

 夕美と世良の殺伐とした空気に、何とも穏やかで生温いそよ風が主張しながら割り込んでくる。まゆは相変わらずのマイペースだった。

 二時間前……となると、何をしていたか。ちょうど、水族館の騒ぎが起きる前だ。夕美たちはペンギンショーを待つために、カフェにいたはず。

「あ」

 思わず、声を出してしまう。ああ……何だか、引っ掛かることを思い出してしまった。そう、夕美は思い出したのだ。異常気象のニュース、それから病院の悪質な悪戯ーー氷の痕跡、あの病院のことを。

 夕美は慌ててスマートフォンを操作し、該当のニュースを検索する。

「昨夜、御子神(みこがみ)市の病院で、一部の病室が凍結する悪戯があったんだ」

 ――十二月十六日金曜日の深夜、入院棟五階にある一室にて発生。当夜、病室内には四名の患者が入院しており、異常な寒さに目を覚ました患者の一人がナースコールにて報告。看護師が部屋を訪れた際には、開けられた窓から病室の床に至るまでが凍結している状態だった。その晩の気温はマイナス五度を下回っており、何者かが窓を開け、病室内に水を撒いたのではないかと推測されている。四名の患者は消灯時間の二十一時以降は就寝しており、窓が開いた経緯を知る者はいない。特に大きな物音もなかったためか、誰も目を覚まさなかったとのこと。

 当然ながら、病院の入口は基本的に施錠されており、外部から入院棟内部への侵入は難しい。夜間救急受け入れのため、正面入口は開いていたが、受付の警備員、それから二時間毎に見回りをする看護師も、特に不審者は見かけていないという。監視カメラを調べても、不審者は映っていない。となれば、窓からの侵入も疑われるが、内側から施錠されていたし、そもそも五階だ。侵入できるわけがない。

 不審な点が残るが、警察は患者への嫌がらせ、病院への悪戯と見て、患者や病院関係者の人間関係を確認している。

「……窓と床の凍結、一般人ではできない犯行……確かに怪しいわね」

 ゆのの発言に、世良も頷く。

「ああ、氷堂雪姫が関与している確率が高い。それに、少なくとも当夜に彼女と接触した人間がいるはずだ」

 どういうこと? とまゆが尋ねる。世良が回答しようとした瞬間を遮って夕美は「窓の鍵」と呟いていた。世良はそれに続く。

「そう。雪姫の能力なら自在に氷を操作して外から五階にはたどり着けるだろう。でも、窓を割らずに病院内に侵入することは不可能だ」

「内側から窓を開けて、雪姫を招き入れた誰かがいるってことね」

 横から口を挟んだゆのの結論に、全員が頷いた。

「その人物が氷堂雪姫の願いに関与するのか、彼女の暴走を止められるのか……保証はないけれど、僕たちには手札がない」

 世良の言うとおり、僅かな手がかりをもとに、病院に向かうべきだろう。しかし、夕美の能力で雪姫を抑えられる時間には限りがあるし、音子と麗のことも考えると、そう長くはこの場を離れられない。世良が言うには問題ないとのことだが、夕美は世良を完全に信用することはできなかった。

 ここから御子神市の病院までは電車で一時間以上かかる。それに、先ほどまでの大規模な吹雪のせいで公共交通機関は正常に運行していない。

「君の能力を期待していいのかな」

 夕美の発言に、世良はうーんと唸ったきり、快い返事は戻ってこなかった。

「近くまでは移動できるかもしれないけれど……そもそも、僕らは面会ができない。患者に知り合いなんて、いないだろう?」

 それもそうか、と夕美は納得する。ところで、今さらだが、世良の能力はどういった条件下でなら使用できるのか、夕美は聞いてみることにした。

「人がいる場所への移動――自分が見知っている人物の近くに移動する能力だよ」

 それなら、とまゆが口を挟む。

「御子神市の病院内に、世良くんの見知った人物がいたら、侵入できるってことよね」

「定義としてはそうなるね。ただそれは、やっぱり入院患者の話を聞くための手段にはならないよ」

 手詰まりね……とまゆは珍しく落胆したように見えた。このまま無為に時間が過ぎていくことを想像した夕美は、柄にもなく気持ちが焦ってしまう。どうすればよいものか。

 その時、握っていた端末が振動した。どうやら、ニュース速報の通知である。

『二日に及ぶ悪質な悪戯。御子神市の病院で、今度は病室に海水が撒き散らされる』

 夕美はニュース速報を読み上げながら、ゆっくりと着実に、これまでの全ての事象の羅列から、鈍い記憶が呼び起こされる感覚を覚えた。そして、一筋の光を掴んだ、そのような気がして、急速に思考がクリアになってゆく。気づいたときには、勢いよく世良の名を呼んでいた。

「君は、私たちの魔女の元に移動できるね?」

 速報の内容から、夕美の意図を理解したらしい世良は、ただ黙って頷いた。世良自身も、思い当たることがあったようである。

「あら、あたしたちは置いてけぼりかしら?」

 ゆのが冗談交じりに尋ねると、ああごめん、と夕美は小さく謝罪を述べた。いいのよ、どのみちあたしたちはノー・アイディアだもの、とゆのは笑った。

 ともかく、移動しながら話を進めよう、と言って世良は空間を裂く。今度は躊躇なく、三人は世良の後に続いた。

 例のごとく、入口は閉じられ、遠くの方に出口の光が見える。この道は確実に続いている。御子神市の病院。そして、魅魔真凛――彼女のもとへ。

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