8-05
三人が自分を咎めていることを察してか、世良は「いや……」と制止した。そして、今のやり取りから分かったことがある、と。
「氷堂雪姫は、願いを叶えるための、何らかの策を打っている」
なるほど他者を拒絶するということは、自身で何かを進めている最中なのかもしれない。その点に夕美は同意する。しかし、あの感情の高ぶりからして、上手くはいっていないのだろう。
「もし、彼女自身の計画で願いを叶えられるのだとしたら、私たちの手出しは必要ないように思う。ただ、問題は――」
それがいつ成し遂げられるのか。願いが成就されるまでに、彼女の能力を止められるのか。
夕美がそれを口にすると、まゆがうーん、と小さく唸る。
「雪姫ちゃん、もう対話は難しいと思うわ。でも、世良くんの発言だけで、あそこまで感情的になるというのは、少し気になるのよね……女の勘ってやつよ。それで、思い出してみて」
昨今の異常気象は雪姫によるものとみて間違いない。それが始まったのは、十二月に入ってからだ。
そして、つい数時間前、雪姫の能力によって、水族館にて避難命令が出された。さらに今、四人の介入によって、激昂した雪姫の能力の威力は増している。
「さっきの世良くんの対話と、現在の状況から、感情の高ぶりによって能力が増すことは明白だわ。そうなると、今月に入ってから雪姫ちゃんの心に影響する何らかの事象が起こっていたのよ。そして、つい二時間くらい前にも、何かがあった。そうやって、積もり積もって耐えていたところに、私たちがやってきて、最後の引き金を引いてしまったんだと思うの」
なるほど、と感心しているところに、地面に張られた氷から突如として氷柱が迫ってくる。
危ない、と言ったまゆは、どうしてか前線に出ていった。一方、ゆのは夕美と世良の手を引いて、猛スピードでその場を離れた。先程の、狼の能力である。
「まゆさんが……」
困惑する夕美に、ゆのは冷静だった。
「問題ないわ」
先程まで立っていた場所に人影が見える。まゆを中心に砕け散った氷の破片が舞っている。
「まゆの能力よ。身体に強靭なベールをまとえるの。並大抵の物理的ダメージは効かないわ」
ゆのは説明するなり、方向を転換して、まゆの元へと戻る。世良はいつの間にか、能力を使って一足先に戻っていた。
「ともかく、私たちは考える必要があるわ。二時間前の出来事を」
髪や服に付着した砕けた氷を手で払いながら、まゆはそう言った。それに続くように、ゆのが夕美に問いかける。
「でもその前に、一時的でいいから、雪姫ちゃんを止めなくちゃ。ね、ゆーみん」
それはつまり、本日二度めの夕美の能力への期待だった。
やれやれ、とも言えない立場に夕美は追い込まれていた。そもそも、この状況だ。言われずとも、何かしら役に立たねば、と夕美も思っていたところである。
瞳を閉じて、息を整える。静寂、そこに広がる雑音を感じながら、心のざわつきを静める。
すぅと息を吸い込むと、夕美のその唇から歌詞が紡がれた。
殺伐とした状況に相応しくない、優しい旋律。いつもの少しハスキーな声とは異なる、透き通るような穏やかな歌声が、周囲を包み込んだ。
シューベルトの子守唄だわ、と思わずまゆは呟いた。吹雪の中でも、夕美の歌声はずっとクリアで、まるで夕美の周りだけ時が止まっているような感覚に見舞われる。それは、雪姫にとっても同じのようで、一番が終わる前に、彼女はその場に倒れ、眠りに落ちたように見えた。
「あら、残念。もう少し聴いていたかったわ」
ふふ、とゆのが揶揄う横で夕美は小さくため息を吐いた。そして、持って二、三時間くらいだよ、と夕美は告げる。それは、雪姫が目を覚ますまでのタイムリミットだった。




