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水族館の屋上、イベントスペース。イルカショーのためのプールは凍っており、まるでスケートリンクである。プールを囲む観客席の中央に、ぽつんと、一人の少女が頬杖を付きながら座っていた。
透け感のあるネイビーブルーの長い髪を高い位置でツインテールにしており、ストライプ柄のパイピングが施されたグレーのテーラードジャケット、タータン・チェック柄のミニスカート……という学生服のようなファッションに身を包んでいる。彼女を中心として吹雪いているわけだが、寒がる素振りも、気にする素振りも見受けられないところを見ると、この少女こそ雪の魔女、氷堂雪姫なのだろう。
雪姫はぼうっと虚空を見つめていた。彼女の周囲が凍結していっていることも、それが水族館の建物全体、それから町全体を氷で覆っていくかもしれない勢いであることも、彼女が理解しているのかどうかも分からない。
「氷堂雪姫さんだね」
先ほどまで夕美たちと一緒にいたはずの世良は、いつの間にか雪姫の目の前へと移動していた。どうやら、この僅かな距離に対して空間移動能力を使ったようだ。
雪姫は目線を世良のほうに動かすこともしないが、急に口から膨らませたブルーベリー味だろうガムが、パチンと割れた。何事も無かったように、口周りに付いたガムを舌で器用に回収して、少しだけ咀嚼した後、ガムの包み紙を取り出してそれを無感情に吐き出した。
はあ、とため息を吐いた後、漸く口を開いた。
「用件はなに」
そんなこと、この状況を見れば聞くまでもないことである。つまるところ、雪姫は世良を快く思っておらず、どうせどうにもならないだろう用件のために彼らが自身を訪れたことを分かっていながら、わざわざ用件の内容を尋ねてあげたのだった。それから、すぐに無理だと一言断って、終わりにするつもりだった。
仮に、と世良は始めた。
「このまま地球全体が凍ってしまって、人類が絶滅したとしても、君は結局救われない」
暫くの沈黙の後、雪姫はふうんと話に興味を示したのか、上下にカールされた、整った毛束の睫毛、そこに覗くサークルレンズのような色素の薄い瞳が、明確に世良を捉えた。
「正確には、雪姫だけが救われないんじゃない。雪姫たち、人類にきっと含まれないから」
雪姫たち、と強調した台詞を鑑みれば、雪姫はどうやら魔女という概念を認識していると考えてよさそうだ。
「あのね、雪姫は馬鹿じゃないの。あんた、何も分かってない」
世良から視線を外さないまま、雪姫は立ち上がり、世良に詰め寄る。瞳は怒気を孕んでいた。
「雪姫のことは、誰よりも雪姫がよく分かってる。今さら、何も知らない部外者が、雪姫に関わってこようとしないで!」
強い拒絶――それと共に、雪姫の周囲は円上に凍り付き、地面から鋭利な氷柱が現れる。それらは世良に向かって迫るが、慣れた様子で世良は空間を裂いてその場から消失して見せた。
うわ、と夕美は声を漏らす。急に裂けた空間から世良が現れたためである。
「分が悪いわね。どうにもならないわよ、あれ。どうするの?」
ゆのがため息混じりに世良に問う。もしかしなくても、あなたのせいで状況が悪化しているんじゃない? とでも言いたそうな表情だった。夕美もうっすらと抱いていた感想だが、口に出すことは控えていた。ゆのはそうではなかったが。




