8-03
音子と麗は行き詰まっていた。
館内の階段を下りた先で、待ち構えていたのは厚い氷の壁。二人の力ではどうにも突破できそうにない。後退したところで、先ほどの開かずの非常口があるだけ。つまるところ、二人は閉じ込められてしまった。
「こんなことってあるのねえ……」
麗は相変わらずおっとりと、そして確かに困っていた。音子もこの異常事態に困惑するとともに、所有者について思い出していた。今、麗にする話ではないため、音子は黙る他なかったが。
「取り敢えず、氷の侵食が少ないスペースに戻りましょ。ここも、これだけ分厚い氷に覆われていたら、さっきの非常口みたいに侵食が始まるかもしれないし」
麗に同意し、再度階段を上がっていく。館内は照明が落ちていて、誘導灯だけが光っている。水槽の温度などは大丈夫なのだろうか、などと現実逃避で音子は余計なことを気にし始めた。
小休憩スペースとして配置されていた背もたれもない椅子に二人で腰かける。何だか居心地が悪くて、音子は寒くないかしら、と麗を気にかけた。
うふふ、大丈夫よう、と麗は答えるが、そのすぐ後にごめんなさいね、と謝った。
「私が水族館に誘ったばっかりに、大変なことになってしまったわ」
そんなこと……と音子は身を乗り出して否定する。
「私、嬉しかったのよ。今日がすごく楽しみで。綺羅さんとお友達になれて、本当に」
上手く言葉を紡げない口がもどかしかった。それは、音子の本心だからこそであるが、音子はまだそれには気づけない。
麗が音子に興味をもって、音子を誘ってくれたことが嬉しかった。それを麗が謝ることは何もないはずなのに。
そして、もう一つ。音子は自然と夕美のことを思い出していた。振り返れば、麗との縁も、友達に対する考え方の変化も、全ては彼女が転校してきたあの時からもたらされたものだ。
「きっと、私の責任なんだわ」
ぽつり、と音子は呟いた。
ゆのとまゆ、夕美、それから音子には前世の記憶とともに特別な何かが備わっている。音子の自宅で聞いた話だ。
そして、この異常事態は自然界に存在する事象ではない可能性が高い。もし、これが所有者の能力なのだとしたら、同じように所有者の能力でどうにかならないだろうか。
もし、自身に備わっているであろう能力が、この状況を打開できるものだったら、麗を助けられるものだったら――。
「そう、その発想は大いに正しいですわ」
抑揚のない冷たく美しい声。それは音子でも麗でもない、第三者の声だった。
カツン、カツンと、ヒールが床を叩く音が、ゆっくりと確実にこちらへ近づいてくる。
音子と麗は声の主を辿るように、顔を向ける。全く気配などなかったというのに、彼女は二人のほんの数メートル以内に立っていた。
極端に白い肌に映えるマルーンの唇が、弧を描いてその名前を伝えた。
「わたくしはエリス。どうぞお見知りおきを」




