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三階建ての大きな近代的な建物。十年前に設立された比較的新しい水族館で、合理性の追求されたモダンな外観をしている。入り口に続く階段の両サイドは水が流れる仕様であるが、冬場は止められており少し寂しい。
休日の水族館は、カップルや親子連れなど様々に賑わっていた。とはいえ、館内は広いため、観覧には十分である。
夕美たち三人は、水族館の観覧順路に沿って行動していた。二階からスタートし、三階で展示は終了、屋上のイベントスペースではイルカショーやペンギンショーが行われる。展示を観覧し終わり、イベントを待つ人のためのカフェスペースが三階に併設されている。最後に階段を降りて一階まで行くとお土産コーナーにたどり着く。展示は、色鮮やかな熱帯魚コーナーから始まり、続いて日本海の生物たち、太平洋の生物たち、ふれあい広場、深海生物、海月コーナーなどなど……おおよそ二時間もかからず一周する。
午後からのペンギンショーの予約チケットを発行し、それまでの間に三人は昼食を取ることにした。
「うふふ、楽しかったわあ。やっぱり家族と来るのとは、また違うのねえ。付き合ってくれて、ありがとう」
館内のカフェスペースは、水槽を間近に見ることのできる、拘りの見られる空間だった。人とコミュニケーションを取るには少し落ち着かないかもしれないが、水槽を泳ぐ魚たちを見ながら寛げるというのは、何とも贅沢である。
ブルーハワイ・シロップを炭酸水で割ったカラフルなゼリーが沈む水族館のオリジナルドリンクを口に運びながら、麗は満足そうに会話を始めた。
「こちらこそ、誘ってくれて、とても嬉しかったわ。水族館自体すごく久しぶりだったの」
「私も引っ越して来てからは初めてかな。前に住んでいたところは海が近かったから、観光スポットの大きな水族館があったんだ。何だか懐かしいよ」
それから、三人は他愛の無い会話を楽しむ。水族館のこと、学校のこと、学芸会のこと――至って、平和な高校生の会話。すっかり食事も終えて、あっという間に時間が過ぎていく。
そろそろペンギンショーの時間ねえ、と麗が自身の腕時計を見ながら二人に伝える。ピンクゴールドの華奢な腕時計は、麗によく似合っていた。
「そっか。じゃあそろそろ移動しようか」
夕美の提案に、麗が「あ、ごめんなさいね、ちょっと……」と申し出る。その前に化粧室に寄りたいとのことで、一旦席を離れることを告げた。音子も麗に同意し、二人はカフェスペースから少し離れた化粧室へと向かっていった。
残された夕美は、特に気にせず自身のスマートフォンを手に、目的もなく連絡のチェックをする。
モバイル・メッセンジャー・アプリケーションには、特に大した通知は来ていなかった。母から、帰りに成城石井でオリーブ・オイルを買ってきて、とメッセージが入っていたくらいだ。適当にスタンプを送って、この件はおしまい。
それから、スマートフォンのニュース通知がいくつか届いていることに気がつく。芸能人の結婚だとか、異常気象だとか、医療機関への悪質な悪戯だとかの情報が羅列されていた。ニュースのタイトルだけを見て、通知を削除する。
スマートフォンを閉じ、何となく目についた、飲み終えたアイスコーヒーの氷を、ストローでカラカラとつつき、夕美はしばらくの間無心だった。外は寒くても、館内は快適な室温に保たれている。少し暑いくらいで、朝が早かったものだから眠たくもなってきた。
「ご来館のお客さまにご案内いたします」
館内のスピーカーから、男性の声が聞こえてきた。少し緊迫した声である。
「ただいま屋上のイベントスペースにて……火災が発生いたしました。安全のため、係員の誘導に従って、慌てずに施設の外へ避難してください。なお、小さなお子さまやご高齢の方を優先に、慌てずに避難してください。繰り返します」
火災? 避難?
スピーカーが非常放送を繰り返すたびに、夕美の周りも徐々にざわつき始める。
「避難経路を案内しますので、慌てずに指示に従ってください!」
係員の女性が誘導を始める。姿勢を低くして、ハンカチなどで口を覆うよう、指示が出された。
指示に従う他ないのだが、何よりも、音子と麗が帰ってきていない。近くにいた係員にそれを伝えると、他の二人については別のエリアの係員が誘導するので、夕美はこのまま避難するようにと案内された。
不安を抱えながらも、夕美はそれを了承する。外へ避難できればきっと合流できるだろう――そう思いながら、非常口へと続いた。




