7-03
――十二月十七日土曜日。天気予報は曇り、午前中は時々晴れ間が覗くこともあるでしょう。夜は一月下旬並みの寒さです。防寒対策はしっかりとしてから出掛けましょう。
天気キャスターはいかにも寒そうな素振りを見せながら、関東の視聴者に向けてそう伝えた。
なんだかぱっとしない曇り空の下、水族館の最寄り駅は多くの人でごった返していた。行楽日和とはいかないが、師走の休日は外出する人々で賑わう。
北口の改札を抜けると、駅のロータリーへと出る。南口は駅直結のファッションビルや大型の電器店など繁華街で賑わっており、駅にいた多くの人はそちらのほうへ消えていった。北口もそれなりに人はいるが、大学病院行きへのバスを待つ人や徒歩数分で行ける大きな公園や都営施設へ行く人など、動きは疎らである。
夕美は人通りの少ない、駅前のモニュメントの前で、音子と麗を待つことにした。ライトグレーのロシアンハットにブルーグレーの上品なロングリバーコート。コートは母のお下がりだ。ブラックのタートルネックセーターにネイビーのハイウエストパンツスタイル、それから足元は光沢のあるブラックレザーのブーティ。
「あらあ、どこのモデルさんかと思ったわあ」
うふふ、おはよう。そう言って近づいてきたのは、麗だった。
ラズベリー色のベレー帽、首元のファーが可愛らしいベージュピンクのケープコート、ブラウンの千鳥格子柄に織られた厚手のタイトミニスカートにキャメルのムートンミドルブーツ。夕美が感じる麗のイメージどおりの可愛らしい装いだった。夕美が素直にそれを口にすると、麗は嬉しそうにお礼を言う。
「ごめんなさい、遅くなって」
夕美と麗が声のする方に一斉に振り向く。まあ、猫山さん! と麗は嬉しそうに駆け寄った。私も今来たところだし、まだ待ち合わせ時間の前よ。気にすることないわあ、と付け加える。麗の高い社交性は、相変わらずだ。
夕美の時と同じく、麗は音子の姿を見て楽しそうに微笑んでいた。制服以外の友達の姿は新鮮なのである。
「お上品なテイストね。猫山さんに似合っていて素敵だわあ」
「あ、えっと……」
ありがとう。戸惑いながらも音子は麗に礼を述べた。何かを褒められたら素直に感謝するということを、音子は最近理解したばかりである。それは、学芸会の影響だった。
赤とネイビーのタータンチェックの大判ストールに黒いショート丈のピーコート、ストレートグレーの膝丈フレアスカートに黒い上質なイタリアレザーのショートブーツ。
実のところ、音子は普段、祖母から譲り受けた着物を普段着として着ることが多く、自身の服装が客観的にどのように映るのか分からず、今日も出掛ける前日に頭を悩ませていた。慣れている着物――椿柄の小紋だとかで行っても不都合はないだろうが、同級生の友達と水族館に行くことを考えると、何だか浮いているような気がする。そういえば、同じ年頃の女の子はどのような服を着るのだろう。友達と出掛けるだなんて、随分と久しぶりなものだから流行り廃りもよく分からない。自分の選んだ服装が世間一般に馴染んでいるのかどうか自信を持てず、おずおずと羽鳥を頼った。羽鳥に尋ねるのも何だか可笑しかったかもしれないと後から気付いたが、当の羽鳥は驚きと嬉しさの混ざった表情で、「大丈夫ですよ。学生の流行りにはあまり明るいわけではないですが、少なくとも変なところはありません。とてもよくお似合いです」と音子を褒めた。そして、「奥様にも尋ねてみたらよろしいのに」とも。
「それは駄目よ、絶対に」
音子が珍しく感情的になったところで、羽鳥はそれを微笑ましく思いながらも、苦笑して見せた。これは音子と音子の母、つまり使えている家の奥方、その双方への配慮の結果である。音子の母は既に帰国しているが、友達との関係を母に相談するのは何だか気恥ずかしいと音子は感じていた。
それで、悩みに悩んだ音子のファッション・センスと羽鳥の感想はどうやら間違ってはいなかったらしい。麗の反応に、音子は嬉しさよりも安堵を感じていた。
「いいね、とても似合ってる。何だか新鮮な感じ」
麗に乗じた夕美からも声をかけられる。
「あなたに言われると……何だか皮肉に聞こえるかもしれないわ」
「ええ、酷いなあ」
「ふふ、半分は冗談よ。ありがとう」
それじゃあ、行きましょうか。
麗が場を締めると、慣れた調子で二人をリードして歩き出す。途中、ここの喫茶店は硬めのプリンが美味しいの、だとか、そこのラーメン屋さんはいつも人が並んでいるから行ったことがないのよ、だとかお喋りを添えて。
三人は水族館へと向かっていった。




