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独と薬  作者: R.藤間
予兆
44/84

7-01

「何だか騒々しいですわね」

 貧相な窓がカタカタと音を立てている。外は雪が降っており、風も少しばかり強かった。窓ガラス一枚で、この天気に対応できるとも到底思えない。

 ああ、人間は寒さを感じますのよね、と思い出したかのように呟いて、女は自身の指先を、クモの巣の張った暖炉に向けた。バーガンディのエナメルのマニキュア――シャネルのルージュ・ヌワールだ――が丁寧に塗られた極端に長い爪は、この世のものとは思えない青白い肌によく映える。その爪先が向けられた先の暖炉に、突如として炎は現れた。

「あはは……ありがとう」

 壁に寄りかかっていた少年は、彼女の魔法に苦笑しながら礼を述べた。すきま風の差し込むこのオンボロ洋館に暖炉の火が灯ったところで、果たしてどれ程の効果を得られるのだろう、とは言えなかったが。広さだけは十分にあるこの部屋全体を、暖炉一つで暖めることはなかなかに難しい。そういった事象を、この女は知らぬようだった。

「厄介な魔女が来たみたいですわ。海の魔女と同じ、強く呪われた魔女――」

 窓の外は雪で暗く、よく見えない。十二月に都内に雪が降ることは異常ではないものの、珍しいことに変わりはない。少年は厳しい寒さに身を震わせながら、窓の外をぼんやりと眺めていた。

「世良」

 少年は名を呼ばれて、慌てて窓から彼女のほうに視線を移す。

「案外使えるかもしれませんわよ」

 何が、と尋ねる前に、彼女は続ける。

「海の魔女は行方知れず。海の魔女の手がかりの内の一人は記憶喪失……」

 彼女は手の爪先を自身の顔に近づけ、じっと見つめる。もちろん、ネイルが剥がれている箇所などないのだが、何となく気になるようである。

 世良は無言を貫く他なかった。

 そんな彼の様子を見ているのか定かではないが、ふうと彼女は小さくため息を吐いた。エナメルの艶々の爪が、一瞬だけ曇る。

「記憶のトリガーは、何も追憶だけではなくてよ。例えば、危機に直面したときの大きな動揺――心の深層を揺さぶる何か」

 強力な魔女なら、それも可能ですわね。

 そう言って、彼女は再び古びた窓に視線を移す。当分、この天気は回復しそうにない。

「なるほどね。君の言わんとすることは理解できたよ。とてもよく」

 それはよかったですわ、と彼女は彼に見向きもせず伝えた。

 温かいミルク・ティーでも淹れるよ、と伝えるなり世良は別室へと消える。どうやら、話はこれで終わりらしい。

 これから引き起こす出来事をどうするかは、彼自身が彼女の少ない言葉から汲み取る他なく、またそれはいつものことで、特段彼は困ることはなかった。彼女の意図どおりにシナリオが進まずとも、彼も彼女も影響はない。そして、彼女の意思に沿えるように行動することもまた彼の勝手で、彼女も彼をどうとも思っていない。

 しかしこの空虚な二人の関係が他者に影響することは確かであった。

長らく停止していましたが、少しずつ不定期に更新します……

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