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独と薬  作者: R.藤間
失われた大切なもの
42/84

6-07

「やあ、久しぶり」

 ゆのとまゆ、それから夕美と音子はすぐに校門へと向かった。そこで待っていたのは、この寒いなかコートも着用していない制服姿の男子学生で、ひらひらと手を振っている。

 赤茶色の猫っ毛の髪、制服はここから比較的近い市にある栄第一高等学校のもので、オリーブ色のブレザーに濃紺にストライプのネクタイ、グレーのグレンチェックのスラックスに革靴、それから学校指定ではないえんじ色ののマフラーが巻かれている。背丈と髪型には見覚えがあった。

「本当にね。おかげさまで、学芸会は()()だったよ」

「はは、それはどうも。素敵な衣装をありがとう」

 夕美の皮肉に彼は皮肉で応えた。夕美がちらりとゆのとまゆの方に目線を移すも、二人は何か問題でも? といった顔付きである。この程度は夕美の予想どおりだ。ただし、ため息が出ないわけではない。

「それで、今日は何を」

 お引き取り願いたい、というのが本心だったが、この不審な人物について知らねばならないとも思い、夕美は穏やかに尋ねた。その様子に彼は()()と笑った。

「まずは、そうだね。僕は瀬羅田世良(せらたせら)。よろしく」

 自己紹介を頼んだ覚えはないのだけれど、と思いながら夕美は次の言葉を待つ。そう怪訝な顔をしないでよ、と世良が夕美に伝える。どうやら、あからさまに顔に出ていたらしい。

「悲しいなあ。久しぶりの義妹(いもうと)との再会だというのに。それとも」

 まさか忘れちゃったわけではないよね、と世良は微笑む。酷く冷たい微笑みだった。

「なるほどね。復讐でも?」

 夕美が落ち着いた声色で尋ねれば、世良はまさか、と軽く笑い飛ばした。そんなことに興味はない、とも。

「そりゃあ、君のことを好いているかと言われれば、簡単に肯定はしないよ。でもね、君と敵対する理由なんて、そもそもないのさ。目的は同じなのだから」

 そう言うなり、世良は音子に目を向ける。咄嗟に夕美は音子の前に出て、自身の体で音子の姿を隠した。

 それも違うよ、と世良は苦笑して、それからため息を吐いた。やれやれ、とでも言いたそうに。

「だからね。優海夕美、君のことも。猫山音子、君のことも。いずれも僕にとってどうということはないんだ。でも、君がそう勘違いしているということは、それはつまり、君には僕に対して後ろめたい感情があるということだ」

 夕美は警戒を解かないまま、ただ黙っていた。見た目こそ焦る素振りを見せないが、表情は微動だにしない。いつもの余裕たっぷりの微笑みは、そこに存在しなかった。

 音子は夕美の異変、それから世良の話の内容に萎縮してしまう。この居心地の悪さは以前にも感じたことがある。ゆのやまゆ、夕美が持っている前世の記憶――それが備わっているにも関わらず思い出すことができない自身、それを自覚したときだ。

「前置きが長くなったけど。猫山音子……」

 君の記憶の回復が必要なんだ、と世良は言う。

 そうは言われても、音子にはどうしようもない。しかし、自身の記憶の回復が世良の目的であるならば、この瀬羅田世良という人物は自身の前世に関わりがあるのだろう。おそらくは。

 加えて、夕美と世良はお互いを知っている様子から、音子を含めた三人は同じ前世を共有しているに違いない。ただ、これは現在の事実から得られる推測にすぎない。二人をじっと見つめたところで、何かを思い出すことはできなかった。

 一方、夕美は世良の目的を知ったことで、腑に落ちる点がいくつかあった。世良がわざわざ女子高等学校の学芸会に乱入した理由だ。演目の人魚姫は、夕美たちの前世に酷似したおとぎ話である。そこで、夕美と音子、そして世良が役者として揃えば、前世に限りなく近い状況を再現できる。夕美が提案した音子の配役の一件と、思考はあまり大差ないのだろう。

 なるほどね、と夕美は呟いた。

 しかし、ここに彼が現れたということは、夕美と同じように彼にも手札がもうないのではないか。記憶を取り戻す方法など、そもそも限られているのだ。結局、彼も夕美も、音子に対して前世の物語を語る他ないのかもしれない。

「もしかしたら、なのだけれど」

 緊張の糸が張り詰めているなか、音子はポツリと言葉を漏らす。

「あなたたちの知っていることを教えてくれたのなら、私はそれを頼りに何かを掴めるかもしれないわ。どうして、私が記憶を思い出すことが必要なことなのか――私には分からないけれど、それもきっと、あなたたちの、私の前世に何かがあるということなのでしょう?」

 音子は弱々しく、しかしながら、最後まで自身の意思を告げた。何かを決心したような、少し強張った表情だった。

 話が早くて助かるよ、と世良は言う。音子の申し出はおそらくは世良に有利なものであるはずだったが、彼は彼なりに思うところがあるようで複雑な表情を見せていた。

「ちょっと待ちなさい」

 間に入ってきたのは、ゆのだった。場に似合わないムスッとした表情で、つかつかと世良と夕美の間を遮る。

「解散よ、解散。今日はもう、終わり」

 下校時間、守ってよね。何も、今日でなくともいいんでしょ。話が長くなりそうだから、別日にしてちょうだい。ほらほら、とゆのは手で世良と夕美を追いやる。

 夕美は、ああ……と呆然とする他なく。世良は軽いため息を吐いていた。

「そうだね、こんなところで長い立ち話をするのもどうかと思うよ。僕もその点は同意する」

 出直すね、と言って世良は背を向ける。振り向きもせず、手をひらひらと振って、駅のほうへ歩いていった。

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