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「立食パーティーがいいわ。色とりどりのマカロンやギモーヴを並べて、それから……」
「それから、紅茶よ。茶葉にはうんと拘って。ロイヤルミルクティー用にアッサム……いえ、ルフナもいいわね」
もういいですか、と夕美は割って入る。もはや呆れることさえ面倒に感じてしまうレベルに達してしまったので、夕美は無表情を崩さず冷静にゆのとまゆの会話を遮ることにした。ゆのとまゆは、本心に思ってもいないような文句を形式ばかりに口走る。相変わらずだった。
麗のことが気になった夕美は、放課後にゆのとまゆの教室を訪れていた。どうにか、二人に流されずに例の所有者の話を尋ねられればと考えていたが、早速それは裏切られた。
「聞いたわよ、ゆーみん」
まゆの発言に始まり、予餞会の話へと移行する。どうやら、二人は夕美が予餞会実行委員会に入ったということを知っており、そのうえで、予餞会での希望をあれやこれやと話し始めたのだった。もちろん、夕美が放課後にわざわざ二人の教室を訪れた目的など問うわけもなく。
二人の話は勝手に盛り上がっていった。夕美は早々にまともに話を聴くことを諦めたが、要約すると予餞会では豪華絢爛なティーパーティーを開催してほしいということらしい。無論、夕美にそのような権限はないことを二人は知っているはずなのに、よくもまあ次から次へと話が膨らむものだと妙に感心してしまう。
暫く傾聴するふりをして、頃合いを見計らって話を打ち切ったのが今しがたのことであった。
「んじゃあ、今のお話、ちゃんと実行委員会で共有しておいてね」
そんなことできるわけないでしょう、と言いたいのを堪えて、夕美はわかりましたとだけ返事をした。もちろん、まゆの言葉どおらりに行動することはない。よいのだ、この二人の会話はいつだって本気ではないのだから。
「そろそろ私がここへ来た理由をお話ししても?」
夕美が伺えば、二人はもちろんよ、と快諾した。まるでこれまで話を進められなかった夕美を不思議がるように、そして、夕美が話を切り出せなかったのは自分たちが原因ではないかのように。慣れはしたが、この先輩方の扱いが難しいところである。
コホンと一つ咳払いし、夕美は乱された流れをどうにか取り戻そうとする。
「吸血鬼事件や先日の学芸会での出来事――それらをまるで何事もなかったかのように演出できる能力について……例えば、それは人一人の存在を認知できなくすることも可能ですか」
いきなりの本題だった。どのような問いかけ方を以てしても、どのみち二人には丸め込まれてしまうだろう。であるならば、単刀直入に聞いてしまったほうが話が早いというわけだ。
「うーん、そうねえ。不可能ではないと思うわね。ただ、あれはあくまで出来事を認知できなくなるわけだから……その人が存在する限りは無視できないはずよ。例えば、実際にその人が話しかけてきたら、それに気がつかないなんてできないもの」
意外にも、すんなりとゆのが返答した。なあに、もしかして行方不明者の原因をあたしたちにしたかった? とゆのは加える。
ゆのはまゆに比べるとクールで、どちらかといえば直接的な表現を用いる。一見すると怒っているようにも捉えられかねないが、それがただの彼女の興味に過ぎないことは夕美も理解していた。いえ、と夕美は否定する。
「人を探しているのかしら」
まゆの発言に、夕美はうーんと唸る。実際、人を探しているといえばそうなのだが、頼まれてもいない、それも麗にとって大事なことを、そう易々と第三者に話してもよいものだろうか、と考える。かといって、この二人を頼るくらいしか、夕美に当てがないこともまた事実だ。
悩んだ末、夕美は結局二人に打ち明けることにする。非科学的な事象に関与する二人が、不用意に麗を傷付けるようなこともないだろうと思ったからだ。勇気をもって夕美に打ち明けてくれた大事な話を許可なく第三者に話すことには気が引けるが、それでもあの麗の寂しそうな表情を思い返すと、歩を進めたいと思ってしまう。それは夕美のエゴであることも自覚して。
「綺羅桜という生徒をご存じないですか」
知らないわね、とゆのからすぐに返答がくる。夕美にとっては意を決しての発言も、こうも呆気なく流されてしまっては、何だか徒労感すら覚えてしまう。大体、知らないと言われてしまえば、話はそれまでなのだ。
「私はそのお話、興味があるわ」
頭を切り替えようと思っていた矢先、まゆの発言に夕美も少しばかり安堵する。
まゆは、いつもと同様にふふと笑いながら、話を続けた。
まゆ曰く、この町で起きている吸血鬼事件を、騒ぎが起きないように人々の心象を操作しているが、それ以外で記憶の調整ができるとしたら、それは調べてみる価値があるかもしれないということだ。
「そもそも、確かまゆさんたちは、吸血鬼事件を追っているんですよね? 私はそれについては何も知らないのですが……今回のお話と関連はあるのでしょうか」
「関係があるかどうか、それを調べるのよ」
これからね、とまゆは付け加える。
以前に猫山邸で話したように、吸血鬼事件は所有者の仕業であると推測している。同じ所有者として、危険性の高い所有者は制御すべきだというのが、ゆのとまゆ、また彼女たちの風紀委員長の考えなのだそうだ。ほとんどそれは慈善事業なのだが、自身の身の回りに起こり得る脅威は排除しておきたいという都合もあるらしい。加えて、所有者という存在が何であるのか、根本的な問題も解明したいという目論見もある。
確かに、所有者を自覚している夕美でさえ、なぜ自身に前世の記憶が備わっているのかは理解していなかった。もう一度音子に会うためのチャンスなのだと夕美は都合良く捉えていたが、ゆのとまゆの話を聞いてから、もはやそのようにお気楽に考えられるものではないことは理解している。
夕美はもう一度、二人から聴いた吸血鬼事件を振り返る。
午後十時から翌日二時の間に、十代から二十代の女性が殺される。遺体は首元に噛み痕が残され、そこから血が流れている。また、遺体からは極端に血が失われている。
「……というお話でしたが、ゆのさんとまゆさんはその犯行現場を見たことが?」
「ええ、そうね」
「その、他に何か……」
ふふといつもどおりの笑顔でまゆは応じる。
おおよそは、以前に二人が夕美に伝えた内容に変わりはないらしい。そして、おそらくこれは所有者の犯行なのだと、改めてまゆは加えた。
「それはやはり、被害者の血が抜き取られて現場から消えてしまっているからでしょうか。でも、一般人がわざわざ吸血鬼を彷彿させるような殺害方法を選んでいる、そういった愉快犯の可能性だって」
「ああ、違うのよ。ゆーみん」
ゆのが夕美の発言を遮る。
「もう一つね、現場から失われるものが必ずあるのよ」
それはね――。
「優海さん!」
ゆのが答えようとした、まさにその瞬間である。聞き慣れた声で、聞き慣れない音量で夕美の名前を呼んだのは、他ならぬ音子であった。
音子にしては珍しく、早足でこの第三学年の教室まで、わざわざ夕美を呼びに来たらしい。夕美はそれだけで、ただならぬ事態を察していた。
「ああ、上狼塚さんも、赤兎馬さんも……ちょうどよかったわ。校門にね、あの例の――」
不審者が来ているのよ。
音子はふうと息を吐き、落ち着きを取り戻す。やっといつもの調子に戻ったようで、教室にいる三人に外に来るように促した。
三話分だけですが、週一で更新します。たまに一気読みしてくださる方やちらほら読んでくださる方ありがとうございます。毎回不定期更新ですみません……




