6-05
「優海さん、途中まで一緒に帰りましょうよ。私は駅まで徒歩なの」
予餞会実行委員会の打ち合わせが終わると、早速麗は夕美に話しかけてきた。夕美は特に断る理由もなかったので、駅まで一緒に歩くことにする。
予餞会の実際の準備は年明けから始まるらしい。今日は教師が予餞会の概要と例年の流れを説明し、生徒の簡単な自己紹介のみで終わった。学芸会とは異なり、さほど派手な行事ではないようで、夕美は内心ほっとしていた。
「思ったよりも早く終わって良かったわねえ。下校時刻まで随分と余裕があるし」
「ああ、下校時刻……」
麗は下校時刻をどのように捉えているのだろう。やはり、ただの厳しい校則程度に感じているのだろうか。
「ふふ。うちの学校、随分と下校時刻に厳しいと思わない?」
麗の問いかけに夕美はただ黙って頷いた。麗は、そうよねえと同調する。
「もう何十年も前に、うちの学校の生徒が変質者に付きまとわれて、保護者からクレームが入ったんだって。それ以来、伝統的に下校時間には厳しいみたい」
そういうことになっているのか、というのが夕美の感想だった。いや、それもまた事実なのかもしれないが、ゆのとまゆの話を考えるとそれは随分と都合のよいシナリオだと評価せざるを得ない。
「あ、そういえば今日は委員会のついでだから誘っちゃったけれど、もしかして普段一緒に帰っている子がいたのかしら」
「大丈夫だよ。基本的には一人で帰ることが多いから」
本当のところは音子とともに帰れればよいのだが、彼女はバス通学である。学芸会のおかげで友人関係が少し進歩してからは、時間が合うときに限ってバス停まで夕美が勝手に付き添いをしている。もちろん、音子の性格から断わられてはいたのだが、夕美も夕美で譲らないので、最終的には音子が折れている。
音子のことを思い出しながらも、今は麗と会話中である。夕美が社交辞令で、綺羅さんは? と尋ねると、彼女は少し眉尻を下げて微笑んだ。
「私も今は一人が多いかしらねえ」
「ええと、それはつまり、前までは誰かと帰っていたのかな」
何の気なしに浮かんだ疑問を口にしてみただけだった。夕美よりも少し先を歩いていた彼女の歩みが止まる。不思議に思いながらも、夕美も足を止めた。
「私ねえ、双子のお姉さんがいるのよ」
お姉さんがいるんだね、と夕美は同調した。夕美の反応に、麗はふふと笑った。声は確かに笑っていたが、目は全く笑っていないように感じられた。彼女の視線の先は、すっかり暗くなり始めている遠い空、ほとんど虚空を見つめている。この時点で、夕美はただならぬ空気を感じ取っていた。
「桜……綺羅桜っていうのよ。姉妹だからクラスは違ったけれど、帰るときは大体いつも一緒だったわあ」
それから、麗は姉の桜のことを語ってくれた。一卵性双生児で、見た目もそっくりだったこと。同じ高校に入学するくらいには仲が良かったこと。
姉のことを語る麗はどことなく柔らかな表情をしていた。しかし、それはまた神妙な面持ちへと変わってしまう。
「お姉さんねえ、いなくなってしまったの」
いなくなってしまった、とは。夕美は疑問に思うも、麗の言葉を待つことにする。
「誰も、覚えていないの。パパもママも、先生もお友達も……私以外、誰も桜を知らないのよ」
ふふ、可笑しな話でしょう? と麗は力なく笑った。夕美は、いや……と何かを言いかけるのが精一杯だった。
普通の人間なら、麗を気味悪がるのかもしれない。存在しない姉妹を語るだなんて、健常だとは到底思えないだろう。
しかしながら、夕美には十分すぎるほど心当たりがある。そうでなくとも、少し前までは超常現象に見舞われていたのだから、何が起こっても、それをすぐに現実的でないと切り捨てることはできなくなっていた。
だからこそ、麗にどのような言葉を返していいのかを定められない。
戸惑う夕美に、麗は嫌な顔一つせず、謝罪の言葉を口にする。
「ごめんなさいねえ。知り合ったばかりの人に話すお話ではなかったのだわ。妄想みたいで馬鹿馬鹿しいでしょう」
「いや、気にしないで。それに、馬鹿になんてできないよ。その……上手くは言えないのだけれど、私は綺羅さんの話、信じたいと思う」
あらあ、と麗は感嘆する。少しだけ、表情は明るくなっていた。
優しいのねえ、と麗は微笑むが、実際のところ夕美には自身が優しいのかどうかはよく分からないというのが本音だ。自身も前世の記憶を持つ特殊な人間であるがゆえの共感に過ぎないのかもしれない、とも思う。一方で、仮に自身が現実主義者であったとしても、切に家族を想う少女の気持ちを無下にするようなことは決してあってはならぬとは思うのだ。たとえ、それが事実だろうと妄想だろうとだ。
麗は夕美に礼を述べると、また駅に向かって歩みを進める。歩きながら、またお話に付き合ってくれるかしら、と麗は尋ねた。夕美はいつもの柔らかな笑みを携えながら、もちろんと答える。
笑顔の裏では、風紀委員会の二人を思い出していた。明日にでも話を聞きに行こう、話の切り出し方はどうしよう、とあれこれ考え始めるときりがない。すっかり穏やかな様子に戻った麗の世間話に耳を傾けながら、夕美は一人明日の戦略を練っていた。




