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東京タワーは今日も映えていた。
港区を見下ろすことのできる高層ビルの屋上に、女は立っていた。茜色の長いおさげが風に煽られている。もうすぐ雨が降りそうな、そんな匂いがしていた。じめじめとした、湿度の高さを感じる匂いである。
雷鳴は未だ聞こえない。時折、風に煽られたおさげが顔や背中を叩きつけるものだから、実は少しの痛さを感じているところだった。
女は景色を見下ろしながら、常人には感じ取れない気配を察知しようと試みていた。そして、極微小のそれを感じ取りながら、そろそろなのだと認識しているところなのである。
わざわざ高層なビルを選んで、気配の探知に挑んでいたが、そう易々と探知できるものなら苦労はしない。極微小の気配を掴めてはいるものの、それが具体的にどこであるかは定かではないのだ。
真下には夜景が広がるが、そこに何の感情も抱くことはなかった。綺麗だと形容される東京の夜景も、所詮は均質的なものなのだと感じられる。体験は蓄積されて経験となり、その経験を保管する箱の容量を超えてしまえば、脳は目の前の情報をそのように処理してしまうのかもしれない。
女は人を探していた。
しかしながら、探知に疲れてしまいライトアップされた東京タワーをぼんやりと見つめていたところである。他県あるいは他国と比べて東京都の面積が決して大きくはないとはいえ、それは相対的な話であり、やはり広大な地から微小の気配を感じ取るという作業は疲れるのだ。それどころか、探したところでどうこうできるものでないことは百も承知の上で、女がこれから行おうと臨んでいることはもはや無謀といってよい。
だけれども、この女はずっとその作業を繰り返してきたのである。いや、繰り返し続けなければならないともいえるであろう。場所を変え、時を流れ、名前さえも変えて。
これまで、ずっと一人で探し続けてきた。そうしてやっとまた巡り会えたのは何度めか。その事実に、女は嬉しさと期待と諦めを感じざるを得ない。
――嗚呼、長い旅だった。今度こそ、この世で終わらせよう。そうだ、きっと今度こそ。
願いではなく、呪いのような祈りを捧げる。
その日降った霧雨は、東京タワーのライトアップに照らされてよく映えたという。