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薬売りの彼女ことマリー、それからユーミリアの母ティーナとの話を聴いたユーミリアは、様々な事実に驚きながらも、どこかで腑に落ちる感覚を得ていた。
「ねえ、あなたは海へ来て随分と経っていると思うのだけれど……その、どうかしら。人間の生活への未練や、そもそもの後悔といったものは、まるで無いものなのかしら」
ユーミリアの質問に、マリーはため息を吐くようにふっと笑う。
「ほとんど勢いだったものですから、全くなかったわけではありません。でも、あの時ティーナの手を取っても取らなくても、後悔はしたでしょう。人魚と人間の時間が交わることは、そう起こりうることではないですからね」
ユーミリアはマリーの返答に納得したように頷いて見せた。実のところ、マリーの回答を得ずともユーミリアの心はおおよそ定まっていたのである。ここ数日抱えていた靄について、思いきって向き合ってみるべきなのかもしれないと、心のどこかで思っていたのだった。そうして、それは早いほうがよいのだと悟っていて、きっかけとなったのはマリーと母の昔話だった。
「私、陸へ行くわ」
ユーミリアはポツリと呟いた。
「そうよ、もう一度陸へ行くのよ」
自身で確かめるように、ユーミリアは同じ言葉を口にする。
次に出てくる言葉を、マリーはおおよそ悟っていた。人間の足を手に入れることについて……魔術の話であるに違いない。
マリーは、ユーミリアが陸に行ってからというもの、どうにもどこか心ここに在らずであることに気がついていた。そして、きっと自身の話をするだろうことも、その先でユーミリアがこのような決断に至るだろうことも、おおよそは理解していたのである。それが、ユーミリアにどのような結果をもたらすのかは未知である。しかし、マリーには最悪のことを想定し、どうにか事を収められる準備をする責任がある。
「小さなお姫様、どうかよく聴いてください。あなたのその決心について、私にはとやかく言及することはできません……ですが、魔術は都合の良い魔法ではないのです。対価を支払い、時には代償が伴う危険なもの――王女様が陸へ渡り無事に還れたことも、私がこの海で不自由なく過ごしていることも、それは奇跡なのですよ。そして、奇跡は三度は起こらないでしょう」
ユーミリアはマリーの言葉を理解していたつもりだった。最悪の結果も想定していたつもりだった。それでも、ユーミリアは十五歳。事が生じた際のけじめの付け方も、折り合いも責任の取り方も――それらを熟知しているほど長く生きてはいないのだった。そして、好奇心ばかりが膨らみ、多少の陰に目を瞑ってしまうことも仕方がないといえばそれまでなのである。それを諭すのは年長者の役割のはずだ。
しかし、マリーは強く引き留めることはしなかった。マリーが頭ごなしに否定したところで、ユーミリアはきっとどうにかして自身の好奇心を満たす術を見つけてくるだろう。であるのならば、最初から事を把握していた方が何かと都合が良いのではないか。
結局のところ、マリーはユーミリアに人間の脚を与えることを了承した。早速、魔術の準備へと取りかかる。
やっぱり、ティーナによく似ている――緊張しながらも期待している様子のユーミリアを見て、マリーはそんなことを考えていた。そして、最悪の結果を受け入れる覚悟ができていなかったのは自身であると、彼女がそれに気がつくのはまだ先のことだったのである。




