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私立鈴蘭女子高等学校。第二学年、猫山音子。それが彼女の所属と名前だ。
皆一様に身に纏う、白の光沢あるパイピングが目立つ黒のセーラー服と黒のハイソックス、黒のローファー。スカート丈は皆膝下の丈を守っている、おおよそは。真っ黒の装いのなか、学年毎に異なるスカーフの色だけが色彩だ。
制服に限ったことでなく、音子は自身の学校について、面白味がないという評価を持っていた。きっと面白味が無いのは、学校ではなく自身に要因があることを理解していないわけではなかったが。
「ねえ、猫山さん」
耳の近くで音が聞こえる。おそらく、自身の名前が呼ばれているのだろう。加えて、聞こえているのかという確認の言葉まで。
実のところ、音子は協調性に欠けていて、集団行動や学校生活というものに馴染めていない。クラスの中で浮いた存在であることを自負していた。親しい友人を作るわけでも、勿論できるわけでもなく、ただ一人の時間を過ごす場こそが音子にとっての学校であった。
特別、そこに不満があるわけではない。馴染めぬものに無駄な労力をかけることは惜しい。頭を空っぽにして淡々と事を処理していけば一日が過ぎ、また一日と……そう。そうして四季すら変わっていく。それで、気がついた頃には、世界が終わっていようが、自身が終わっていようが、音子にとってはどうでもよいことだった。それが、結果だからである。
それで、隣の転校生、優海夕美だ。
猫山さん、猫山さん、と自身の名を呼ぶ声に耐え兼ねて、どうして自分に話しかけるのかと突き放す聞き方をしてしまう。音子は咄嗟に自身の振る舞いを気にしたものの、それに対してどうしようこうしようと考えることはなかった。
一方の優海夕美は事も無げに笑っていた。この澄んだ微笑みは天然のものであって、決して計算されて出来ているものではないのだから感心する。音子であれば、こんなにも無意味に他人に笑いかけることなどしないだろう。あるいは、できないのかもしれない。
「私は、猫山さんとお友達になりたいんだ」
微笑みながらそのような台詞を言われては、誰が不愉快に思うだろうか。
音子には理解できなかった。この容姿に、この社交性である。夕美の示す友達が音子である必要はどこにもないと思った。この間もない時間でクラスの好感を博している転校生。もう十分だと音子は思ってしまったのも仕方のないことである。
常識から逸脱していることは理解しているものの、音子はストレートにそれを夕美に伝えてしまう。一般的な反応を考えれば、再び音子と付き合いたいと思う者は極めて少ないだろうが、どうにもこの転校生はその極少数に属するようであった。
「私は猫山さんとお友達になりたいの」
――他の誰でもなく、猫山さんとね……と囁かれては、音子も反論の仕様がない。見た目の繊細さに反して、彼女の声は少しハスキーだ。しかし、これが何とも心地よいトーンなのである。
彼女から発せられた再びの台詞は、音子の名前が強調されていた。とはいえども、私とお友達だなんて到底無用でしょう、と。音子は言うはずだった言葉を飲み込まざるを得なかった。
まるで、真逆ではないか。
飲み込んだ言葉の代わりに、音子はボソボソとそのような独り言を溢す。窓から差し込む光は夕美を照らし、音子は教室の壁によりできた陰の内にいた。窓際は日が差し込むのが嫌である。音子は無事に日光から逃れられたことに安堵していた。
この変わった転校生の彼女は音子の独り言を聞いていたのか、はたまたそうでなかったのかは分からない。ただ、音子を見つめて、ふふとまた笑うのだ。音子は開かれた教科書に目を落とす。音子の視界にすら映らない彼女は、その様子を慈しむように眺めていた。
暫くして、彼女はぽつりと呟いた。
「ね、放課後。君の家に行ってもいいかな」
クラスの生徒にはまるで聞こえていない。音子だけがその音を拾っていた。
それは許可を求めたわけでもない、溢れ落ちただけの言葉にすぎなかった。