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夕美は、入学時から抱えていた靄がやっと晴れてきた感覚を得ていた。ゆのとまゆの断片的な話から、言わんとしていることや、導き出される結果をおおよそ予期できた。すうっと視界が拓けてきたのである。
入学時の話を受け入れるのであれば、吸血鬼事件はおそらく事実なのだ。そうして、その吸血鬼事件は、風紀委員長の能力によって、事件の存在を隠蔽されている。
事件が事実であると仮定すれば、人を襲っている犯人が存在する。それは、おそらく特殊な能力を持つ者――所有者の仕業なのだろう。
ゆのの能力を使えば、少なくとも所有者であるかどうかを判断することができる。所有者自体は多くはないようであるから、事件の犯人を追うには十分な手がかりであろう。
「だから、私と猫山さんに接触したのですね」
夕美の発言に、二人は相変わらずの笑みを浮かべていた。ここまでも、想定どおりなのだろう。
「そうよ。だって、二人とも所有者じゃない」
ゆのはそれが当たり前のように応じる。
夕美はふっと微笑む。夕美は自身が所有者であることを肯定していた。一方の音子は、相変わらず話についていけない。そんな音子の様子に、夕美は優しく語りかける。
「猫山さん、君はおそらく前世のことは何も覚えていないんだろう。そして、自身の持つ能力も分からない」
音子は、目を伏せて静かに首を横に振る。そして、それ以前の問題なのだと言う。
音子は、前世の記憶を覚えていないだとか、能力だとか、そういった自覚そのもの自体が欠如していると説明した。そのようなことがあると知ったのも今日が初めてで、到底信じられないとも。
ゆのとまゆは、ふうんと話を聞いていた。何かが期待できなかったような反応である。いつもの余裕そうな笑みは見られなかった。
「猫山さんを疑っていたのでしょう?」
不意に夕美は告げる。こちらも珍しく、僅かながら敵意を感じさせる強い視線だった。しかしながら、まゆとゆのには生憎効果はなかったようで、いつもの緩やかな雰囲気に夕美は流されることになる。
ごめんなさい、とまゆは謝った。
そして、音子を疑っていたことは確かであったと話す。可能な限り、ゆのとまゆは所有者を当たっていた。なかなか労を要しはするものの、接触さえすれば、おおよそは能力を把握することができた。所有者の能力を解明できずとも、見張っていれば、全く関係のないところで事件は起こり続ける。となれば、事件への関連性は薄い、と判断していった。
そのなかで音子だけは特殊だった。音子が所有者であることは分かるが、実態は何も掴めない。だから、事件への関連を否定できるものが何もなかったのだ。
そんな時、転校してきた夕美を、二人はすぐに所有者だと理解できた。そして、夕美の音子への態度から、二人は何か関係があると踏んだ。
「最初にゆーみんに警告したのは、プレッシャーをかけたかったのよ。私たちを警戒してくれたら、何か起こるかもしれないってね。残念ながら、上手くはいかなかったけれど」
まゆの発言から、夕美は転校初日を思い出していた。そういえば、確かに音子に気をつけろと忠告された気がする。確かに引っ掛かりはしたが、危害を加えてくるような気配もないので、あまり不用意に二人を意識しないようにしていたのだ。そういう点では、まゆの言うとおり、上手くいかなかったのだろう。
「何だか、私も妙な勘違いをさせてしまっていたみたいなのね。申し訳ないわ」
音子は、ようやく話が呑み込めてきたらしい。そして、自身が疑われていたことなどまるで知りもしなかったが、性格の都合上謝ってしまう。
「音子ちゃんは悪くないわ。勝手に疑っていたのはあたし達だから。ごめんなさいね」
それにしても、とゆのは続ける。
「所有者としての記憶を喪失するなんて、初めてよ。ゆーみんは、音子ちゃんのこと、それなりに知っているみたいだけど」
話を振られた夕美は首を横に振る。そして、前世の記憶を語るのは野暮なことなのだと言った。
それは夕美の持論であった。前世での出来事や前世での人との関わりがどうであれ、前世とこの世は別物である。だから、この世では必ずしも前世に囚われる必要はない。もし、音子が前世のことを思い出せなくとも、それはこの世においては問題のないことなのだ。
音子は疑問を抱いていた。これまでの話を聞くところによれば、ゆのは特別な能力を持っている。それは、所有者を感知できるものだ。となると、普通は所有者同士でも所有者かどうかは分からない、ということなのではないか。それなのに、なぜ夕美は音子を所有者として認知できたのか。
「前世での関係の強さだと思うわ」
完璧に分かっているわけじゃないんだけどね、とまゆは付け加えた。
まゆはゆののような能力を持っていない。しかし、まゆがこの世でゆのと初めてあったとき、自然と「それ」は分かったのだという。一方で、風紀委員長とは前世での関係がなかったか、または関係が薄かったのか、まゆは彼女に会ったところで特に何も感じなかったようだ。だから、前世での関係が強ければ、お互いを認識できると推測している。
そういったことを踏まえて、ゆのは夕美が音子のことをよく知っているのだと捉えていた。つまるところ、夕美と音子は前世で強い関係があったのだろうということだ。そして、それは音子ももちろん夕美を認識できるはず……だったが、所有者としての記憶喪失がそれを阻んでいる。
「何だか、頭がたくさんだわ。私、知らないことばかりだったのね……」
音子は、手元のティーカップの紅茶に映る自身を見つめて、ぽつりと呟いた。もうすぐティーカップの底が覗きそうである。ほんの僅かなため息を吐いて、音子はもう温くなった紅茶を飲み干した。
それはそれとして、お茶のおかわりを用意しましょう、と徐に立ち上がる。ぎこちなく茶葉をティーポットに入れ、ケトルからそこにお湯を注ぐ。
手伝うよ、と夕美が立ち上がろうとするのを音子は制した。
「いいのよ。客人をもてなすのは家主の務めだわ。それに私、嬉しいのよ。こうやって誰かを家に招くなんて、あまりしたことがないものだから……少し、段取りは悪いかもしれないけれど」
そういって音子は、ティーポットから立ち込める熱い湯気に指先が触れて瞬間的にそれを引っ込めるなど、不器用な動作を見せてしまう。ふふと静かに笑う声が漏れた。
学芸会の練習から迎えた本番、そしてこの来客が音子に与えた影響は案外大きい。そう自覚した音子は、形容しがたい不思議な感覚に囚われていた。
ストックが尽きたのでまた後程……




