3-06
しんとした会場に比べて、舞台裏はざわめいていた。
演技が続いているためか、観客は不審者の乱入を演出だと思っているようだ。しかし、不審者が男性というのは見て取れるため、会場席にいる一部の教師は異変に気がつき、会場からそっと抜け出していた。おそらく、原因究明と然るべき機関への通報を行うのだろう。
「どういうこと!? あの人は誰なの!?」
美羽は取り乱していた。そんなことを聞かれたところで私だって知らない……と、薫子は妙に冷静になってしまう。落ち着いて、と薫子は美羽を宥める。美羽は一呼吸すると、それもそうねと案外すぐに冷静さを取り戻した。
「仕方がないわ……様子を見ながら演劇を続けましょう。香里奈、準備をしておいて。あーあー、こちら舞台裏。照明担当、聞こえる? 香里奈が舞台に上がったら、香里奈にライトを当てて。香里奈の台詞が終わったら……香里奈から照明に向かって二回瞬きをする。そうしたら、照明を猫山さんと優海さんに戻して、キリのよいところで暗転。その後は予定どおりよ。香里奈もいいわね?」
香里奈ははいはーい、と返事を二度した。こんなときでも、余裕を見せられるのは彼女が場数を踏んでいるからなのだろうか。そうして、誰に言われずとも自身でタイミングを見計らい、舞台へと上がっていった。
薫子は舞台の全てを美羽に託し、担任教師と連絡を取ることにする。このようなトラブルは想定しておらず、担任教師は観客席にいて観劇をしている予定だった。教師は舞台の出来事に驚き、席から立ち上がると、他の教師への報告に向かった。
不審者の彼が舞台袖へと退場しようとしているところで、照明が落とされた。次のシーンがあるので、悠長にはしていられない。夕美と香里奈は衣装を着替えるとすぐに舞台へと上がっていった。船上での結婚式のシーンである。これで物語もいよいよ終盤だ。
薫子が連れてきた担任教師が舞台裏へと合流する。薫子は彼を取り抑えようと舞台通路へと向かうが、教師により止められてしまう。
「雅さん、あなたももう大丈夫よ。下がっていて。他の皆も」
そうこうするうち、遂に彼がこちらへ向かってくる。暗転して真っ暗になったことに恐怖しながらも、教師も薫子もこちらにくるはずの不審者のために身構えていた。
今か今かと息を飲むも、どうにもおかしい。暗転したときに彼が立っていた位置から舞台袖まではほんの数メートルである。それなのに、彼は現れないばかりか、足音も気配すらもしないのである。
異変に気がつきながらも、皆動くことができなかった。やがて、照明によって明るくなり、舞台では結婚式のシーンが行われていた。
「ど、どういうことなのかしら……」
教師は困惑していた。先程までいたはずの彼がどこにもいない。それがどうしてなのかは、まるで分からなかった。
「ともかく、あなたたちだけにならないように、私はここにいるわ。何か不審なことがあったら、誰でもいいからすぐに助けを求めるのよ。無茶はしなくていいから、危ないと思ったらすぐに逃げなさい」
困惑する生徒たちのなかで、美羽だけは別のことを考えていた。
「先生、演劇はもうすぐ終わります。このままラスト・シーンまで続けることに問題はないですよね?」
教師はふうと小さな一息を吐き出した。
「もちろんよ。あなたたちの集大成ですもの。私もここから観ているから、最後まで頑張りなさい」
「ありがとうございます。よし、皆。なんとかやりきるわよ」
教師と美羽の言葉で、生徒たちは少しずつ動き始める。不安に包まれていた空気が一変し始める。
役を終えた音子は、安堵していた。そして、目の前の同級生たちの言動に、少しだけ心を動かされたのだった。
「そうそう、猫山さん。とても、よかったわ。頑張ったのね。それに、あの香里奈のアドリブにも対応できるなんて、すごいじゃない。何だか私、あなたのこと誤解していたみたいだわ」
安心していた音子の元に美羽が訪れた。彼女のストレートな言葉に音子はくすぐったいような気持ちを覚えた。
「ありがとう、ほとんどあなたのおかげよ」
頑張って、と音子は励ましの言葉を口にする。美羽は当たり前よ、と言いながら笑っていた。




