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独と薬  作者: R.藤間
役者と舞台
17/84

3-04

 王子は命の恩人と思い込んでいる娘に惚れてしまう。思い込んでいる、といっても、実際のところ介抱はしているのだから命の恩人と言っても大きく外れはしないだろう。しかし、人魚姫の助けなく生きていたかといえば、そうではないのだから、なかなかに皮肉なものである。

 王子と娘の出会いは、王子の心情を歌で表現している。夕美のややハスキーな声は王子役に適していて、技術はないものの歌唱力はそこそこで客席は盛り上がりを見せた。

 夕美の王子役は仕上がっていた。元より背が高くて線は細く、繊細な美しさがあった。吸い込まれるような深い青碧色の瞳は何もかもを見透かしそうである。

 王子役では、前髪を立ち上げ、長い髪を後ろで括っている。地毛の色も相まって、まさに()()()という容貌だ。観客席にも王子の気品は伝わっているだろう。

 共演している香里奈も夕美の存在感に少しだけ圧倒されていた。香里奈とて、舞台に立てば観客の空気をものにできると自負しているが、夕美は舞台に立つだけで華があった。その点について香里奈は素直に羨ましく思い、一方で、演技や歌についてはまだまだね、と心のなかで呟くに至る。

 場面は変わり、人魚姫は魔女に頼み、自身の声と引き換えに人間の足を手に入れる。元の人魚の姿に戻ることはできず、さらに王子が人魚姫以外と結婚すれば人魚姫は消えてしまうという条件付きだ。

 足を手に入れた人魚姫が打ち上げられた浜辺にて、人魚姫は王子と再会する。

 そこからは一見すると幸せそうな日常が展開されていく。時折、王子が自分を救ってくれたと思い込んでいる娘のことを思い出すシーンが挟まれる。王子の気持ちが娘にあること、人魚姫に向けられる愛情は兄妹のそれだということを人魚姫は感じ取っていた。そこから、徐々に人魚姫の心も曇り出してしまう。

 さらに、王子の芝居が続く。舞い込んできた見合い話に渋っていたが、その見合い相手が自分を助けた娘であると分かったシーンである。こうしてトントン拍子に見合いの話は決まっていく。

 ここからが音子の出番だった。徐々に照明が暗くなり、完全に暗転すると香里奈から音子へと入れ替わる。すれ違い際に、しっかりやりなさいよね、と香里奈なりの励ましを受けた音子は一瞬きょとんとしてしまうも、すぐに小さく礼を述べた。香里奈は満更でもなさそうである。

 一方で、舞台裏にいた監督の美羽は緊張していた。音子に不安があるのは明らかである。一時的に役を終えた香里奈は美羽へと向かっていった。

「大丈夫、あたしが認めたのよ。それとも他に何か?」

「……それもそうね。ありがとう」

 お疲れ様、と美羽は香里奈に言う。美羽の肩の力は抜けていた。

 舞台では、王子が無邪気に人魚姫に結婚の話を伝えていた。激しく動揺した人魚姫を表現するのが音子である。

『一週間後、結婚式を挙げるんだ。もちろん、君にもどうか参列してほしいと思っている』

 王子は人魚姫に語りかける。人魚姫はショックのあまり、思わず椅子から崩れ落ちてしまう。練習のときは不自然な演技になっていたこのシーンも、音子はそつなくこなせていた。

 組まれた足場の上で香里奈にスポットライトが当たる。彼女の再度の出番だ。

『嗚呼、なんということでしょう。王子様が結婚だなんて。このままでは、私は海の泡となって消えてしまうわ……』

 台詞は全て香里奈が担当する。結果的に音子の台詞は無くなってしまったが、演出として都合が良く、音子も好意的に同意していた。

 結婚式を通告されてからも時間はどんどん過ぎていくばかり。その途中で、人魚姫は姉たちからナイフを渡される。

『妹よ、話は聞きました。私たちは、魔女からナイフを貰ってきたのです。このナイフで王子の胸を刺せば、あなたは人魚に戻ることができます。そう、あの輝かしい海、私たちの故郷で、あの頃のように暮らすことができるのです!』

 いよいよ物語も終盤である。

 人魚姫は王子を殺すか、自身を殺すかの選択を迫られる。

 迷いながらも、寝息を立てる王子の元へと歩み寄り、その胸元にナイフを立てる。音子が出演するシーンでは最大の見せ場だ。緊迫した空気を演出することは難しかったが、美羽の指示を汲み取り、音子は人魚姫の気持ちを想像して演技に臨んでいた。

 思い出すのは、優しい両親と姉たち、そして恋しくなってしまった故郷の海。あの頃に戻れるのなら――そうして握ったナイフを振り上げるも、王子の顔を見れば手元からそれは落ちてしまう。ナイフは空しく床に転がる。

 人魚姫が自分の人生を諦めた瞬間である。ここで人魚姫は名残惜しく王子にキスをして去り……音子は香里奈と役を入れ替える予定だった。

「あなたは、そうして消えてしまうおつもりなのですね」

 見知らぬ低い声が会場に響くまでは。

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