3-01
――例えば、あなたをあの子よりももっと早くに見つけていたら。
例えば、いっそあなたがあの時目を覚まさなかったら。
例えば。
きっと未来は違った。こんな悲しい結末は迎えなかった。あるいは、何も知らずに生きていけた。
それでも、私たちは出会ってしまったのだ。「例えば」だなんて存在しない世界で一人。私は一人だ。
私が私でいられるために、私は何が出来ただろう。何度違う道を巡っても、最後には同じ結果が待っている。それでも、いつか終わるのだと信じて私は世界を巡り続けた。
そうしてまた、あなたに出会う。
――
「キャーッ、盛り上がってるぅ?」
「ネオンにヴィヴィットな原宿ガールに清楚で可憐な和服、はたまたウエディングドレスまで! あたし達ゆのまゆが魅せる世界は最高でサイコーで過激でアグレッシヴ、ソオオクーーール!」
ガンガンに鳴り響くロックンロール、それを上回る音量のマイク。まゆとゆのはいつにも増してフリルやらリボンやらの装飾の多い制服に身を包み、観客を圧倒しながら司会席に立っていた。本来、司会席は座るために設けられているにも関わらず、二人は遠慮もなく机のうえに立っている。
盛り上がる一部の生徒の後方で、観客席の保護者たちは固まり、教師たちは唖然としていた。
司会席に向かい、つかつかと歩いてきた生徒によって、まゆとゆののマイクは取り上げられ、机から降りるように命じられる。まゆは、何よう、つまんなーいと不満を漏らしながらも、さすがに再びマイクを奪い取ろうとはしなかった。
生徒はまゆとゆのに苦言を呈し、舞台袖の音響担当に音楽のボリュームを下げるようコンタクトを送る。それから、観客席に向き直ると、正常な音量に直ったマイクで司会を始める。
「えー、失礼しました。それでは三年A組のファッション・ショーをお楽しみください。まずは――」
彼女はまゆとゆのの扱いに慣れているようであり、行動に一切の容赦がない。観客席もざわついていたが、徐々に落ち着きを取り戻していた。
学芸会が行われているホールは人がいっぱいで、別教室で中継もされている。全ての学年の生徒がホールに集まっており、音子と夕美も彼女たちのショーを観賞していた。
実際、彼女たちのファッションショーは見応えのある華やかなステージであった。
衣装のバリエーションに富んでいて、制服のアレンジから男装、和服にアラビアン衣装にチャイナ服……と、見ていて飽きることがない。さらには、その一つ一つの衣装は細部に至るまで拘られており、遠目からでもそれを認識することができた。結局マイクを奪い返したまゆとゆのの盛り上げも、結果的にはショーに華を添える形となった。
今回のショーは企画からデザインに至るまで、ほとんど彼女たち二人が考案したのだと、本人たちから夕美は聞いていた。そのためなのかは分からないが、ゆのとまゆがショーの中で着用していたドレスは、ビーズが細かく縫い付けられていたり、細かな刺繍が施されていたり、フリルが数段多かったり……といったように、他の衣装よりも丁寧に時間をかけて作られていたように見える。もちろん、他の衣装も十分完成度の高いものであったが、そのなかでも異彩を放っていたという話だ。
出だしこそ多少のトラブル――と呼んでよいのかは分からない――があったものの、会場の盛り上がりは激しく、大盛況のまま幕が降りた。拍手は鳴り止まない。これは次のクラスは大変だろうな、と夕美は悠長に思っていた。夕美のクラスの出番まで、まだ少し時間がある。発表順については、学級委員会にて予めくじ引きで決められており、夕美のクラスは後半に設定されていた。
「すごかったわね」
不意に、夕美の隣の音子が珍しく感想を口にした。夕美が素直に驚いた旨を述べても、音子にはピンと来ていないようで、そうかしらと一言だけ発するに収まってしまう。
返答は素っ気なかったが、音子自ら言葉を発することは稀である。それで、夕美は良い機会だと思って、ゆのとまゆの二人と音子の関係を尋ねることにした。ゆのとまゆという呼称については聞き慣れていないようだったが、すぐに上狼塚さんと赤兎馬さんね、と理解したようだった。
「ええ、彼女たちのことは知っているわ」
何事も、無さそうだった。
そこには何の含みも感じられない。ゆのとまゆが校内で派手に活動していることを鑑みると、その「知っている」という範囲は、特別な意味を持っているとは考えにくい。
しかしながら、彼女たちが夕美に忠告をしてきた以上、音子と彼女たちの間に何かしらの関係があるのは確かだろう、と夕美は考えていた。音子が特に気にかけていない素振りを見せるのは演技だとは思えない。仮にそれが演技だというのであれば、今日という日までの、あの難儀な演劇の練習は一体なんだったのかという話である。それも計算のうちであれば恐ろしいが、そんなことがあるわけない、と夕美はふと息を漏らして小さく笑ってしまう。
音子と彼女たちの関係というものは、おそらく彼女たちの一方的なものなのだろう。
「……こんなに大勢の前で、舞台に立てるかしら」
気がつけば、先程のファッション・ショー終演後の休憩時間が終わろうとしていた。会場はまだ騒がしく、隣の夕美でなければ、音子の小さな呟きは拾えなかっただろう。音子は目の前のステージをじっと見つめていたようで、次のクラスがステージを整えている様子から少しの不安を覚えたようだ。
そんな音子の様子に夕美は少し驚いていた。先のことに関しても、音子がいつにも増して言葉を発しているということは、それだけプレッシャーを感じていて、それだけ不安なのだろう。
きっと、その言葉を拾う相手は夕美でなくともよくて、音子の隣にたまたま夕美がいただけにすぎない。音子の性格からして、そうであることは夕美も理解しているが、それでも、つい勘違いをしてしまいそうになる。
「大丈夫だよ。あれだけ練習をしたのだから。それに、櫻庭さんも金瀬さんも皆サポートしてくれる。もちろん、私も」
当たり障りのない励ましの言葉のようだが、それは取り繕いではなく事実だった。確かに、役を演じることが音子には難しいことを夕美は理解していたが、これまでの練習はきちんと成果を生み出している。
そして、そう思っているのは夕美だけではない。だから、後は音子が音子自身を信じるしかないのだ。
「……そうね、ありがとう。私も皆の期待を裏切ることは不本意だわ。後は……」
何も起こらないと良いのだけれど、と音子は呟いた。同時に、他のクラスの舞台の幕が上がる。一瞬の静寂から、再び拍手が起こり場は温まっていく。
音子が心配していることというのは、音子自身の演技だとか、照明機材の調子だとか、歌うための喉のコンディションだとか、そういった類いのものだと。当然のように、夕美はそう考えていた。
いや、実際そうだったのだろう。音子もその想定だったはずだ。
それでも、その不安というものは、時に別のものとして、想定の範囲を超えてやって来るのだ。




