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独と薬  作者: R.藤間
学芸会まで
13/84

2-06

 裏方による個人的な戦いがクラスで繰り広げられる一方で、視聴覚室では役者の稽古が行われている。

「うーん。なんか、固いのよ。確かに、声を失った人魚姫が喋る必要はないけれど、ただ突っ立っていればいいわけではなくてね」

 唸っているのは、監督の櫻庭美羽(さくらばみはね)である。少し明るいブラウンのロングヘアをシュシュでお団子にまとめている。普段はバスケ部のマネージャーを務める彼女はよく通る声をしていて、地域の演劇団体に所属していることもあり、自ら監督を希望した。

 音子は困っていた。美羽から指導をされて、頭では理解できても動作に表すことが出来ない。元より、()()()()という行為が苦手であることは確かだ。それも、主役として舞台の上に上がることなど、今まで一度も経験したことがない。

 人魚姫の心情を想像すれば、きっと自然と体が動くはず。美羽は簡単に言うが、音子でなくとも役者経験のない人間には難しいであろう。

 人魚姫の心情とは如何様なものか。音子は人魚姫の設定を思い出す。

 ――深い深い海底の城に住まう六人の姫。とりわけ見目麗しかったのが、その一番末の娘、人魚姫である。天真爛漫な性格ゆえか、人間界への興味と好奇心に溢れている。十五歳になり海上に上がって人間の営みを覗くことを今か今かと楽しみにしている少女。けれど、物語が進むにつれて、人魚姫の心には陰りが生じてゆく。

 その絶妙な心模様を台詞なしで表すことは非常に難易度が高い。美羽もそれを理解していたので、内情を説明する場面を設け、そこでは香里奈にスポットライトを当てることになっている。これなら、観客にも一役を二人で演じる説明がつく。香里奈も「ま、それが妥当か。もちろん、あたしなら野暮なことしないで身体表現だけで演じきれるけど」と、少しの小言を漏らしながらも了承した。

 そんな配慮はあったものの、音子の演技は美羽の想像を悪い意味で超えていた。率直にいって、下手なのである。動きがぎこちなく、感情も込められておらず、まるで何かの間違いで舞台に上がってしまった素人のようだ。

 そもそも、夕美の強い推薦があったとはいえ、音子がそれを受け入れるとは、クラスの誰もが思わなかった。音子はいつも教室の隅に一人でいるし、最低限の会話はできるものの、基本的には自分から話すことはなく無口なものだから何を考えているのか分からない。もう十月も終わるというのに、クラスの中で唯一素性が知れてないのが現状である。おそらく音子は一人でいたいのだろう、ということをクラスの皆は何となく感じ取っていた。音子を尊重……といえば随分と美しいが、実のところ、クラスの皆もどうしてよいかわからないまま時間だけが過ぎていった、という理解が正しい。ただ、そこに悪意はなく、これは音子への一応の配慮なのである。

 そういうわけで、夕美が音子の名前を挙げたときにはクラスはざわめきを隠せなかったし、よもや音子がそれを承諾するとは想像もできなかったのである。ただ、やはり音子もすんなりと了承したわけではない。可能なら辞退したい旨を伝えたうえで、それでも夕美が王子である必要が不可欠で、クラスの皆から同意が得られるのであれば断ることはしないと答えたのだった。

 役決めを取り仕切っていた薫子は、音子の回答に驚きつつも感心していた。クラスの他の者同様、薫子も音子という人間が分からない。しかし、今回の回答で音子の人間性を垣間見ることができた。

 音子はきっと中立なのだ。おそらく夕美の融通が利かないだろうことも、クラスの一部の人たちは夕美が王子役を務めることを望んでいるだろうことも、人魚姫役を希望する人がいるだろうことも、そして香里奈の立場も、全てを考えたうえでの発言なのだろう。

 結局、役決めは夕美の希望通りの結果となった。決まったことだから、それを覆すことはできないが、問題は全て解決したわけではない。実際に、舞台を作らなければならないのだ。

 美羽はため息を吐きたいのを我慢していた。練習が上手く進まないことに不満を持つ者もいるだろう。そのなかで、監督が沈んだ空気に呑み込まれるわけにはいかなかった。どうにか策を考えねば、と美羽は頭を抱える。

 日が落ちてきて、辺りはだんだんと暗くなっていた。美羽は近くにいた生徒にカーテンを閉めるように促し、自身は視聴覚室の電気をつけに部屋の入口へと向かう。壁際に近づいたところで、美羽は小さくため息を漏らしていた。

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