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独と薬  作者: R.藤間
学芸会まで
10/84

2-03

 ――遡ること、三日前。

 薫子により、役決めが投票制となったが、開票の結果、王子役は夕美の票が多数となった。薫子から承諾の可否を尋ねられた夕美は慎んでそれを受け入れることとした。もし断られたら、次点で投票の多い者に了承をとる予定であったので、さっさと役を固めてしまいたい薫子としては願ったり叶ったりである。と、彼女が安心していられたのはここまでであった。

「猫山さんを人魚姫役に推薦したい」

 突拍子もない発言に、薫子は恐ろしい形相をしてしまう。何故だ、どうしてこうも平等に事を進められないのか。

 人魚姫役は、演劇部の金瀬香里奈(かなせかりな)が最多票であった。演劇部に所属しており、歌も上手い。時折、自身を過信している傾向も見られるが、それに伴う実力もあり愛嬌も備わっているものだから、皆が推薦するのも疑問ではなかった。

 夕美の発言に、香里奈は一瞬眉を潜めたが、しばらく様子を窺うことにしたようだ。頬杖を付きながら、余裕の笑みを浮かべている。

「これは私の個人的な事情であることは理解しているよ。それから、調和を乱していることについては謝りたい」

 それならば、そのまま身を引いてほしいと薫子は素直に思ってしまう。

 夕美は自身の私情を優先することは譲らない姿勢だが、さすがに無茶苦茶なお願いであることは承知していた。音子を推薦するとは言ったが、まるまる音子に人魚姫役を任せることは不可能であると夕美も分かっているのである。それは、平等を破ることもそうだが、音子であることも問題だった。

 声を失う前の人魚姫は明るく活発である。ミュージカルである以上、もちろん歌を歌うシーンも多い。普段、何を考えているかも分からない、無口な音子に務まる役であるとは、夕美でさえ思えなかった。

 だから、夕美は一役を二人で担うことを提案した。そして、割合としては正規の役者――おそらく、香里奈を指す――が大部分を占めて構わない、音子が舞台に上がるのはワン・シーンでもよい、と。

 流石にクラスは動揺していた。夕美のファンでさえ、訝しげな表情をしている。どよめく空気を打ち切ったのは、香里奈だった。

「いいよ」

 彼女の凛とした声が響く。彼女の発したたった一言で空気が変わる。

 そうだ、この声だ。空間全体に届く声、圧倒的な自信。主役に必要なのは、香里奈のような人間なのだ。薫子は改めて香里奈の才能を認識した。

「夕美ちゃん、音子ちゃんが人魚姫役じゃなかったら、王子役降りちゃうんでしょ? だったら、いいよ」

 あたし、あなたと共演してみたいからさ。香里奈は自信たっぷりに、そう付け加えた。

 実のところ、香里奈は夕美に興味を持っている。転校生であることを差し引いても、夕美は人を惹き付ける容姿とオーラを持っている。それは、演劇に携わる者としては、是非とも手に入れたい資質であった。無論、役によってはそういった魅力が邪魔をする場合もあるが、少なくとも香里奈は夕美の持つ資質を素直に羨ましいと思ったし、それが舞台でどのように作用するのかを知りたいという欲求があった。だから、香里奈にとって、夕美が舞台に上がらないことに比べれば、音子がほんの少し人魚姫を演じることなど、取るに足らないことであった。

 薫子はこの状況に心底ほっとしていた。何とか事が上手く収束しそうである。

「ね、薫子。もちろん、人魚姫はあたしで決まりでしょ。王子役は夕美ちゃん、人魚姫の一部は音子ちゃん。これで構わないよね?」

 あ、そうそう。もちろんだけど、劇の途中で役者が変わると観客に混乱を招くから、そこは脚本を見て演出を決めてよね。

 香里奈は悪びれる様子もなく、話を進めた。香里奈の強引なところはいつもであるし、それによって停滞した話が進行するのも事実だ。薫子は感謝してよいのかどうか、少しばかりの疑問を抱いていた。

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