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兄弟ごっこの始まり

 ロロはそっとユーリから身体を離した。

 足元に広がる落ち葉を一枚手に取る。


「ユーリは、ドラフォンのことが嫌い?」

 風を操って、落ち葉を空中に上げる。それをユーリは頭上で燃やしてみせた。小さな花火みたいで美しい。この光景はロロもユーリも好きなものだった。


「…いや」


(うっとおしい。ただ、目障りなだけ)


 今度は数枚ロロが頭上に舞い上げる。小さな物を同時に複数上げるのは繊細な制御を要するため高度になる。

 ユーリはさっきよりも高い位置に落ち葉が舞い上がるのを待ってから燃やした。


「彼は毎朝ロロが学園に来るのを健気に待ってるし」


(朝からチョロチョロと付きまとってきて)


 次々とロロが落ち葉を舞い上げていく。ただ舞い上げるだけでなく、風に乗って踊るように軌道を描いて空中へ舞い上げたりもする。

 それに合わせて離しながらユーリは燃やしていく。

 小さな花火が次々と二人の周りに出来上がっていく様はなんとも幻想的だ。


「ロロと一緒に住んでいる僕にも常に礼儀正しい」


(僕のことは眼中にないと言いたいのか)


 ロロは今度は落ち葉を舞い上げてから、その落ち葉を風で細かく切った。その細かくなった小さな落ち葉のかけらもひとつ残らず火花を付けて燃やしていく。


「剣術も頑張ってるとルシファー様から聞いているよ」


(グラフィス家なのに魔力がない出来損ないのくせに)


 ロロがもう一度落ち葉を上で切り刻んだ。


「ドラフォンのロロへの態度を見ていると、ロロのことが本当に好きなんだとよくわかるから」


(ガキが色気づくなんて早すぎる)


 ユーリは炎で小さなドラゴンを形どり、頭上で舞い上がった細かな落ち葉をドラゴンが飲み込むかのように見えるよう操った。


 ロロの瞳が不安げに揺れる。

 安心させようと、ユーリは笑顔を取り繕った。

「良い少年だと思ってるよ」


(良い少年というところが、気にくわない。それにそれは、ロロを独占していい理由にはならない)


 ユーリは自分の手の上で炎の球を作り出し、湖に向けて放り投げた。真ん中くらいまで行ったところで炎はいくつもに分かれて火花を散らし散っていく。花火だ。


「ドラフォンはいい人ね」

 ロロはそう言って落ち葉をいくつか湖の水面にのせると中心に向かって船のように走らせた。

 湖の中心に行ったところで、ユーリは大きめの火の玉を中央で分散させてロロの木の葉の船を燃やした。

「いい人だからと言って、好きになれるわけじゃないのよね」

 ロロの言葉はユーリに向けられたものだったのか、それとも独り言だったのか。

 ロロはユーリに目線を戻した。


「ユーリは『家族になりたい』と言ってくれたけど」

 何かを悟った瞳。

「孤児のわたしからすれば、ユーリはもうわたしの家族よ」


(違う、僕のいう『家族』はそれじゃない)

 ユーリの声にならない叫びが沸き上がる。


「ルーク様とユーリ。二人は一緒に暮らしてくれる、かけがえのない『家族』」


 その『家族』は。ルーク公爵が親で、ユーリとロロは子供という立ち位置である『家族』。

 ユーリの求めた『家族』の形とは違う。ユーリの求めた家族は、ユーリとロロが同じ立ち位置でパートナーとして向かい合い、見つめ合う形のもの。


「もし、ユーリがまだ家族になれていないって思っていたのなら」

「…」


(やめてくれ…!!)


「わたし、これからは『ユーリ兄さま』と呼ぶわ」

 ユーリの瞳が見開かれた。

 戸惑いが大きくて、言葉が出てこない。

「ユーリ兄さま」

 ロロの瞳がしっかりとユーリの瞳を捕えた。

 その瞳を見て、ユーリは理解した。

 ロロが、しっかりとユーリの言った『家族になりたい』の意味を正しく理解していることを。

 ユーリがロロに親愛以上の愛情を持っているということを気付いたと物語っていた。

「これからも、『兄さま』として、『妹』のわたしに接してくれるかしら?」

 揺れる瞳が求めていた。

 これ以上、想いを伝えないでほしいと。

 ユーリの想いに答えられないのだと。

 この関係を壊したくないのだと。


(ああ…もう…君の言いたいことは手に取るようにわかる)


 告白させてくれる気はないのだ。

 ドラフォンのことが好きなのだ。

 だからといって、ユーリの手は離せないのだ。


「ごめんなさい」


 ロロの声が震えていた。

 ロロの心の泣き声がユーリに届いていた。

 ユーリの想いに答えられない自分を責める声が聞こえてくる。


(好きだ)


 一度認識してしまった想いは止められそうにない。

 でも。

 今まだその時でないというのなら。

 愛する君がそれを望むというのなら。


「ロロ」

 ユーリはロロを抱きしめた。

 兄らしく、節度をもって、距離をやや開けて遠慮がちに。

 ロロはビクっと身体を強張らせたが、ユーリがそれ以上抱きしめてくる様子がないと知ると、そのまま腕の中にいてくれた。

 必死で妹の立ち位置を探っているのだろう。

 どうやったらユーリの心の傷を最小限に抑えるのか、探っているに違いない。


(諦めるなんてできない)


 一度認めてしまった想いを断ち切ることはできない。

 でも、愛しい人がしばらくは『家族ごっこ』をしてほしいというのなら。

 それが彼女の望みであるのなら。


「…わかったよ。僕たちは兄弟だ」


 しばらくはこの兄弟ごっこを甘んじて受け入れてあげよう。

 彼女の心が(ドラフォン)から離れるまで待ってあげよう。

 実際に物理的に二人が離れてしまったら、せっかく彼女を手に入れられる良いタイミングを見逃すだろうから。


(今はまだ、その時じゃないだけ)


 ユーリはやんわりとロロの額にキスをした。

 親愛を示すキス。…でも、ちょっと長めに。

「大丈夫…もう人前ではしないから。『兄』として…たまに許して」

 ちょっと身じろぎしてロロが逃げようとするから、思わず追いすがるように言ってしまった。

 兄弟ごっこを言い出したのは彼女のほうだ。ユーリの気持ちに気づいていながら、それを見ないふりをしようとするのも彼女の方。

 それに付き合うのだから、多少はこちらのしたいこともさせてほしい。

 腕の中にいる可愛い『どう転んでも未来の花嫁になる予定』の少女にニヤリと笑う。


「これからよろしく、僕の『妹』」


(『妹』で終わらせてやる気なんてさらさらないさ。どうやってじわじわと追いつめていくか…待ってろ、ロロ)


 さながら獲物をしとめようとするように、ユーリは心の中で舌なめずりをするのであった。


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