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7.無限の可能性

 ジュリアに挨拶してギルドを出る。すっかり日が落ちていたが、代わりに月明かりが町を照らしていた。


「き、き、気をつけて帰らないと…。」


 エリーは急に大金が手に入って緊張しているらしい。キョロキョロしたり金を入れたバッグに手をやったりと挙動不審である。


『落ち着け。怪しさ全開だぞ。』


 小声で忠告する。


『前を見て真っ直ぐ歩け。熊に追いかけられた時みたいにつまずいて転ぶぞ。』


「うう…だってこんな大金持ったことないし…。」


 これは意識を金から逸らしたほうが良さそうだ。


『考えないようにしろ。それよりエリーはどんな所に住んでるんだ?」


「え、えーと私が住んでるのは叔母さんがやってる下町の下宿だよ。前はお姉ちゃんと一緒に叔母さんに面倒見てもらってたんだけど、冒険者になったからには甘えてちゃいけないと思って下宿用の部屋に移ったの。ちゃんと家賃と食費も払ってるんだから。」


『ほう。』


「でも、冒険者になってもあんまりお金稼げなくて、家賃と食費払ったら全然貯金出来なかったから、報酬の高い薬草採取をやろうと思ったの。」


 それである日森の中熊さんに出会ったという訳か。


 徐々に町の外壁の方に向かっていく。だんだん人気が無くなってきた。…これはまずいかも知れない。


『随分寂しい辺りに住んでるんだな。』


「町の中心から離れるほど人が少なくて家賃が安いの。本当は叔母さんの家からも離れようと思ったんだけど、私の収入じゃこの辺りにしか住めなくて…。」


 なるほど。魔獣の襲撃を警戒するなら誰も外縁には住みたがらないだろうな。家賃が安いのはいいが、

人が少ないのはこの状況ではありがたくない。仕方ない。エリーの家に着く前に面倒を片付けるか。


 魔力知覚の範囲を広げ周囲の地形と人の気配を確認する。近くにいる人間は奴らだけ。おあつらえ向きの行き止まりの路地がこの先にある。


『エリー、この先の路地に入れ。』


「え、なんで?」


『いいから。』


 エリーは怪訝けげんな顔をしながらも俺の指示に従って路地に入る。そのまま行き止まりまで進む。


「行き止まりだよ?」


『これでいい。』


 来た方向から複数の足音。現れたのはギルドでエリーに絡んできた三人組だ。逃げ道を塞ぐように路地に広がる。


「よう、また会ったな。」


 ダレンが話しかけてくる。他の二人は相変わらずのニヤニヤ笑いだ。


「な、何よ、何か用?」


「なあに、大したことじゃねえよ。おい、さっきギルドで受け取った金、全部よこせ。俺達は優しいからそれで勘弁してやる。」


 …予想通りの展開だな。あいつらはあの時ギルドの隅でこちらを見ていた。エリーの声が耳に入ったのだろう。ギルドを出たエリーをつけて来ていたから、考えている事は大体予想がついた。そして今この状況である。


「な、何言ってるの!渡す訳ないでしょ!」


『ああん?痛い目に会いたいのかお前?昔散々虐めてやったの忘れた訳じゃないだろ?生意気に剣なんか背負って強くなったつもりか?ポンコツ泣き虫エリーにオンボロ剣でお似合いの組み合わせだな。生憎もうお前を助けてくれる姉ちゃんはいねえぞ。一人じゃ何にも出来ないんだから大人しく俺たちの言うこと聞いとけバーカ。あーもういい、チャド、ニック、めんどくせーから取り敢えずこいつボコるぞ。それからみんなでお楽しみ会だ、逃すなよ。」


 奴の台詞を聞きながらエリーの身体に魔素の糸を繋ぐ。腹の底(比喩表現だ)に渦巻く物を感じる。


「ぐぐ…。」


 エリーは涙目で奴らを睨みつけている。


「はん、震えてんじゃねえか。今から昔みたいに泣かせてやる。」


 エリーの両膝が震えている。俺はエリーだけに聞こえるように囁く。


『エリー、怖がらなくていい。お前には俺がついている。』


 エリーがハッとしたように俺を見る。


「バル…。」


『目を瞑ってな。すぐ終わる。』


 エリーが固く目を閉じる。


 次の瞬間、奴らの機先を制して動き出す。足下の小石を素早く拾い、手首だけで投擲。飛んだ小石は不意を突かれたチャドだかニックだかの顔面に命中する。残りの二人の意識がそちらに逸れると同時に、奴らに全速で接近。二人がこちらに向き直ると同時に、もう一人の取り巻きの顔面にエリー(おれ)の飛び膝蹴りが突き刺さっていた。吹き飛ぶ取り巻き。着地と同時に上段の回し蹴り。石が当たった顔を押さえて呻き声をあげていたチャドだかニックだかの後頭部を刈る。崩れ落ちるチャドだかニックだか。跳び膝蹴りを喰らわせてやった方は一撃で気絶したらしく、吹き飛んだまま動かない。これで二人片付いた。


「な、な、な…。」


 こっちを見て口をパクパクさせるダレン。ゆっくりと奴に近づく。


「な、何なんだよ!泣き虫エリーのくせに!」


 顔を歪めて殴りかかってくるダレン。予備動作が大きい上に大振りだ。身を屈めて奴の拳を躱すと同時に懐に入る。地響きの様に地面を踏み締めると同時に天をつく様に掌底でダレンの顎をかち上げる。身体を一直線にして垂直に浮き上がるダレン。白目を向いてそのまま足下から崩れ落ちるダレンが膝をつくと同時に、ダメ押しでその顔面に足裏での蹴りを叩き込む。後方に吹き飛ぶダレン。そのまま動かなくなる。これで全員片付いた。


 気絶している奴らを踏み越えて路地を出る。


『もういいぞ、エリー。』


「う、うん。」


 恐る恐る目を開けるエリー。


「こ、殺しちゃったの?」


『ちゃんと手加減したから心配するな。』


 昔を思い出す。相棒はバカな奴らにしょっちゅう絡まれてたが、喧嘩で人を殺した事はなかったな。その代わりを二つとも潰されて男として死ぬ羽目になった奴は何人かいたが。うむ、エリーに対する言動から考えて、俺も奴らのを潰してやった方が良かったかも知れん。だが余り重症を負わせてもまずいか。


「あいつらに気付いてたの?」


『まあな。』


「また助けられちゃったね。ありがとう、イオ。」


『気にするな。ああ言う奴らは俺も気に入らん。』


 だがエリーは浮かない顔だ。


『どうした?』


「うん…私ね、自分が情けなくて…昔この町に引っ越して来た時からあいつらに虐められてて、いつもお姉ちゃんに助けてもらってたの。お姉ちゃんがいなくなって、私も冒険者になって頑張ろうと思ったのに上手く行かなくて、そうして今はイオに助けられてる。あいつらの言う通り私一人じゃ何にも出来ないんだなって…。」


『今が気に入らないなら明日の為に今日を頑張りゃいいさ。未来には無限の可能性がある、どの未来を掴み取るかはどんな今を過ごしたかで決まる、ってな。』


「また相棒さんの言葉?」


『いや、これは俺を造ったクソ野郎の言葉だ。』


「く、クソ野郎って…もう少しましな言い方ないの?』


『いや、本当に掛け値なしのクソ野郎だからな、あいつは。』


 いつも訳の分からない理屈で行動して騒動を巻き起こし、理解できそうでできない言葉で人を煙に巻く。傍迷惑としか言えない存在だ、あいつは。


「うん、でもいいね。無限の可能性、か。よし、私も可能性を信じて頑張ってみる。」


 エリーは決意を新たにしたようだ。


『その意気だ。』


 …自分で言っといてなんだが、あいつの適当な言葉が役に立つとは思わなかった。


『それであいつらどうする?強盗未遂だし、このまま放置する訳には行かないだろう。』


「あ、うん。近くに都市警の詰所があるから呼びに行くね。」


 この時代の治安組織は都市警と言うらしい。詰所に行って強盗にあったと話し、さっきの路地に案内する。奴らはまだ気絶したままだった。


「これお嬢ちゃんがやったのかい?」


 詰所の責任者らしき中年の男が聞いてくる。どう見ても強そうには見えない気弱さがにじみ出ている女の子が、冒険者の男三人を一方的にぶちのめしたというのは不自然に思われて当然だな。


「は、はい。」


 エリーが頷く。まあ剣がやったとも言えないわな。さて、どうやって誤魔化すか。気絶したまま連行されていく三人。エリーも詰所について行く。さっきの責任者が質問してくる。


「調書作るんで状況を聞かせてくれるか。まず名前からだ。」


「エリンジウム・ブライトウェルです。」


 名乗った途端、責任者の表情が変わる。


「ブライトウェル?ひょっとしてアルストロメリア・ブライトウェルの…。」


「妹です。」


「なんだそうか。それなら無理もないな。さすがあのアルストロメリア・ブライトウェルの妹さんなだけの事はある。姉妹揃って大したもんだ。」


 なんだか勝手に納得してくれた。エリーの姉さんはアルストロメリアと言うのか。大した有名人の様である。


「お姉さん行方不明だそうだが気を落とさずにな。」


「姉は生きてるって信じてますから。」


「だといいな。」


 その後は俺の事を伏せた上で大体事実通りの事を話し、調書が出来たところで解放された。とんだ寄り道になったものだ。


 詰所からまた暫く歩いた所にある大きめの一軒家の前でエリーは立ち止まった。


「ここが私の叔母さんの家だよ。冒険者向けの下宿で叔母さんも元冒険者なんだ。」


『へえ。冒険者向けなのか。』


「冒険者って基本的に不安定な職業だから、大家さんに嫌がられて普通の貸家はなかなか借りられないの。冒険者の階級が上がればギルドと提携してる宿屋に割引で泊まれるし、もっと大きな町だとギルド管理の宿泊施設があるんだって。でも私まだ最下級だから、こう言うところに住むしかないの。町の外縁部にはここみたいな下級冒険者向けの下宿が他にもあるんだよ。」


『なるほどな。』


 ドアを開けるエリー。そのまま進んで一階奥の部屋に入る。十人ほどが座れる大きなテーブルと椅子がある。どうやら食堂らしい。その奥にはこの部屋と続きになっている厨房がある。エリーはそちらに向かって声を掛ける。


『ただいま帰りましたー…。」


「おや、帰ったのかい。森に行ったって聞いたから、てっきりおっ死んでるかと思ってたんだがね。」


「お、叔母さん。生きてますよう。死ぬような目には遭いましたけど。」


 厨房の中には中年の女性がいて料理をしていた。この女性がエリーの叔母さんか。そういえば何となく顔立ちがエリーに似ている気がする。


「ふん、怖い目見て懲りたんなら冒険者なんてやめちまいな。あんたみたいな女の子がこんなヤクザな商売するもんじゃないって、いつも言ってるだろう。」


「い、いつも言ってるけどやめません。お姉ちゃんを探すんです。」


「はー全く、泣き虫な癖して頑固なんだから…どこも怪我はしてないかい?」


「あ、えっとタンコブが出来たけど平気です。」


「そうかい、その程度で済んで運が良かったね。二度とバカな真似するんじゃないよ。アルが居なくなってあんたまでどうにかなっちまったら、あたしゃあの世で姉さんに合わせる顔が無いよ。」


「その事はジュリアさんにたっぷり叱られてお説教されました。叔母さんにも心配かけてごめんなさい。」


「ふん、まあ無事だったんならそれで良いさ。お腹空いてんじゃないのかい。ちょうど夕飯の支度が出来た所だからさっさと食べちまいな。」


「ありがとう、叔母さん。」


 …叔母さんはぶっきらぼうだがエリーの事を心配しているな。


 この下宿に住んでいる他の冒険者とともに夕食をとる。エリーの言っていた通りここに住んでいるのは下級の若い冒険者ばかりのようだ。エリーも含めて皆旺盛な食欲で夕食を片付けた。


 食事が済んで後片付けを手伝ってから、二階に上がる。二階が下宿人それぞれの部屋になっているそうだ。一番奥にあるエリーの部屋に入る。ベッドと小さな机と椅子、作り付けの棚が有るだけの小さな部屋だ。ドアを閉めると、そのままドアに背中でもたれかかる。


「つ、疲れた〜。」


『もう少しだから頑張れ』


「うん…。」


 ノロノロと俺を背中から下ろし壁に立てかける。マジックバッグを腰から外して机に置く。編んでいた髪をほどき服を脱ごうとした所でこちらを見る。


「イオのエッチ!見ないでよ。」


『剣相手に何恥ずかしがってんだ。相棒は俺の前でも平気で裸になってたぞ。俺の事は気にするな。』


「気にするなって言われても…。」


『はあ、どうしてもって言うなら俺になんか布でも掛けとけ。』


 エリーは棚にあったタオルらしき布を俺に掛ける。

ゴソゴソ衣擦れの音がして、ベッドが軋む。服を脱いでベッドに入ったらしい。しばらくエリーの呼吸音だけが聞こえる。寝入ったか、と思っていると話しかけられた。


「ねえ、イオ。」


『なんだ。』


「さっきね、あいつらに襲われそうになった時、あなたが「俺がついてる」って言ってくれて、すごく嬉しくて頼もしかった。ありがとうイオ。」


『どういたしまして。疲れただろ。もう寝な。』


「うん…お休み、イオ。」


『ああお休み、エリー。』


 そのまま静かに寝息を立て始めるエリー。長い一日が終わった。


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