6.ヘビとカエル
声をかけて来たのは先程カウンターにいた受付嬢の一人だ。いつの間にかカウンターから出て来たらしい。長身で栗色の長い髪が美しい。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる所謂ナイスバデーである。受付嬢は外見の良い女性ばかりだが中でも一際抜きんでた容姿の持ち主だ。長身でスタイルが良いところは相棒を思い出させるな。
「ジュ、ジュリアさん…。」
エリーが彼女を見て言う。ふむ、この女性が怒ると怖いというエリーの姉さんの友達か。
「な、なんだよ。邪魔するなよ。冒険者同士のトラブルにギルドは関わらないんだろ?」
ダレンがジュリアに食ってかかる。ジュリアはゴミでも見るような目で視線だけをダレンに向ける。
「ええ、その通りよ。あなた達のトラブルに関わるつもりはありません。」
「だったら引っ込んで…。」
「黒級冒険者エリンジウム・ブライトウェルさん、冒険者ギルド職員としてあなたにお話があります。」
ダレンを無視して、エリーに声をかけるジュリア。エリーは家名持ちだったのか。名前を呼ばれたエリーはびくり、と体を震わせる。
「は、はい。」
死刑宣告されたかのような表情で返事をするエリー。
「上でお話ししましょう。ついて来てください。」
状況を無視して話を進めるジュリア。
「おい、俺を無視…。」
「あ?」
ダレンが食い下がるがジュリアにギロリと睨み付けられただけで言葉が続かなくなる。長身の美人が殺気を込めて睨むと凄い迫力である。
ジュリアはくるりと踵を返すとさっさと歩き始める。エリーが慌てて後に続く。
「上の談話室使うわね。悪いけど後はよろしく。」
カウンター内の同僚に声をかけるジュリア。ジュリアの列に並んでいた冒険者達は何か言いたそうにするが、ジュリアに睨まれると何も言えないようだ。皆ジュリアを恐れているらしい。凄いなこの人。中にはジュリアの睨みを受けてうっとりとした表情で顔を赤くしている奴もいる。特殊な趣味の持ち主のようだ。
一階奥の階段から二階に上がる。ずんずん上っていくジュリアの後ろを処刑台に上がるかの様な表情でついていくエリー。
談話室と書かれたプレートの付いたドアを開け中に入る。中にはテーブルと椅子がいくつか置かれていた。すでに室内は薄暗くなっていたがジュリアが壁のスイッチらしきものを操作すると天井に設置されている照明に灯りがともる。照明魔導器の類のようだ。ドアを閉めると完全に逃げ場が無くなった。ああエリーの人生もこれまでか。ジュリアが近づいて来る。ぶるぶる震えが止まらないエリー。ヘビに睨まれたカエル状態である。
ジュリアはエリーから一歩離れた位置で止まる。しばらくじっとエリーを見ていたが、突然ジュリアはエリーをがばっと抱きしめた。びっくりするエリー。
「ジュ、ジュ、ジュリアさん⁉︎」
「もう!何考えてるのよこのおバカ!今朝の引き継ぎで昨日あなたが森に行ったって聞いて、今日一日生きた心地がしなかったわよ!日没までに帰って来なかったら探しに行くところだったんだからね!」
エリーを抱きしめたまま捲し立てるジュリア。
「あ、う、う、その、心配かけてごめんなさい。ジュリアさん。」
「あなたに何かあったらアルが戻って来た時なんて言えばいいの?お願いだから二度とこんな無茶しないで。」
「あ、うん、もう二度と無茶はしません。約束しますから。だから…は、離してくだ…さ…。」
…エリーの身体に巻きついた腕にいつの間にか凄まじい力が込められている。まさにカエルを絞め殺さんとするヘビである。
「ぐ、ぐるじい…は、はなじで…。」
エリーがもがくが振り解けない。ジュリアは結構な腕力の持ち主のようだ。
「ダメよ、悪い子にはじっくり反省してもらわないといけないわよねー。」
楽しそうに言うジュリア。じたばたもがくエリー。はたから見ると美女と美少女が抱き合っている美しい光景だが、その実態は拷問である。表面上はともかく内心は激怒しているようだ。エリーが言った通り怒ると怖い女性である。
しばらくして気が済んだのか漸く解放される。ぐったりして床にへたり込むエリー。ジュリアの方はけろっとして備え付けのティーポットでお茶を汲んでいる。
「怪我はしてないみたいね。それに免じてこのくらいで許してあげる。ほら、シャンとしなさいな。」
「うう、ひどいよジュリアさん…。」
涙目になっているエリー。
「何言ってるのよ。魔獣に襲われたらこんな物じゃ済まないのよ?今回はたまたま魔獣に会わずに済んだみたいだけど、本当に二度とこんな真似しちゃダメよ?」
「は、はい。自分の認識の甘さは今回のことで思い知りました。これからはまず自分を鍛えるところからやり直します。」
「まだ冒険者を続けるつもりなの?正直私は冒険者を辞めてもらいたいんだけど、その気は無いのよね?」
「ごめんなさい。ジュリアさんに心配かけて申し訳ないけど、お姉ちゃんを探しに行くのを諦める気はありません。」
「はあ、こうと決めたらテコでも動かないのは姉妹で同じね。まあ、気をつけて頑張りなさい。出来るだけのサポートはしてあげるから。」
優雅にお茶を飲むジュリア。絵になる光景である。
「それはそれとしてあなたにもう一つお説教しなくちゃならない事があるわ。」
「え?」
「あなた私が休みだった昨日を狙って薬草採取の依頼を受けたでしょ。」
「う、うん。ジュリアさんがいたら止められちゃうと思って…。」
「ヘレナが応対したそうだけどあの子もあなたを止めようとしたのよね?でもあなたはヘレナの制止を
振り切って依頼を受けた。いい?冒険者はたとえ死んでも自己責任、よく言われる言葉だしこれは事実よ。でもね、決してギルドが無責任という事ではないのよ。ギルドには冒険者に対して適切な仕事を割り振る義務があるの。明らかに冒険者の力量を上回る依頼を受けようとしたならそれを止めなければならないのよ。今回はあなたが無事に戻ったから良かったけど、もしあなたが戻らなければヘレナが責任を問われていた可能性もあるんだから。その事を良く考えなさい。」
叱られて俯くエリー。
さらに続けるジュリア。
「ギルドの受付はね、依頼の受注と報酬支払いの事務作業をしてるだけじゃない。冒険者の力量を見極めて最適な仕事を割り振る、必要なら助言もする。そしてリスクが大きすぎると思えば止めるのも仕事なの。今後も冒険者を続けるつもりなら、受付の言うことは必ず聞いておきなさい。それが出来ない冒険者は長生き出来ないわよ。」
「はい…。」
しょんぼりするエリー。ふむ、説教の内容は正鵠を射ている。ジュリアは怒ると怖いが人格者のようである。しかし冒険者ギルドの受付嬢というのも大変な仕事だな。さっきジュリアが言ったことに加え、見るからに荒っぽい連中をあしらわねばならないのだ。度胸と頭脳がなければ務まるまい。さっきカウンターの中にいた受付嬢達は才色兼備のエリート達だったらしい。
「よし、お説教はこれまで。ここからはお仕事の話よ。薬草はちゃんと集めて来たのよね?」
「は、はい。出来る限り集めて来ました。」
「よろしい。で、その剣どうしたの?」
エリーの背中の俺を指して聞くジュリア。
「これは森で見つけたんです。」
「なんだか随分古びた剣ね。ガンツさんに見てもらったら?』
『そうします。あと他にもいろいろ見つけた物があるんですけど…。」
「わかったわ。あとは下で話しましょう。」
部屋を出て一階に降りる。さっきカウンターの前に並んでいた冒険者達はほぼ居なくなっていた。あれだけの人数をこの時間で捌ききるとはギルドの受付嬢達はやはり皆有能な様である。カウンターの元の席に座ったジュリアと改めて話す。
「薬草です。」
「あら、結構頑張って集めたのね。これお願い。」
エリーが差し出した薬草の束を、カウンターの奥にいる仕分け担当らしき相手に渡す。
『他にも何かあるんですって?」
「これです。」
バッグから熊の魔石と爪を取り出す。
『これ鉄爪熊の爪じゃない⁉︎どうしたのこれ?」
「森で死体を見つけたんです。魔石もその死体から取って来ました。」
森を歩きながら打ち合わせた言い訳を話す。
「魔石も?」
ジュリアはそう聞いて何やら考え込んでいる。
「あとこれは森の中に朽ちた小屋があって、剣と一緒にそこで見つけました。」
相棒の財布を取り出す。
「森の中に遺跡があったの?」
「遺跡っていうほどのものじゃありませんでしたけど。」
ジュリアは財布の中を確認する。
「大戦前の貨幣か。結構あるわね。全部まとめて換金でいいのかしら?」
「はい。お願いします。」
「じゃあ査定するから少し待っててちょうだい。」
「わかりました。」
渡した物を持って奥へ引っ込むジュリア。エリーはカウンターから離れて壁際に向かう。壁際には紙が何枚も貼り付けられた掲示板がある。読んで見ると冒険者に頼みたい仕事の内容、条件、報酬が書かれている。どうやら依頼書らしい。依頼書を眺めながら待っているとしばらくしてジュリアが戻ってきた。
「エリー、査定が済んだわよ。」
「はい」
カウンターに戻る。
「まず薬草採取の依頼の報酬が出来高で四万リナール。それから鉄爪熊の爪と魔石が二三万リナール。最後に古い貨幣が手数料差し引いて四四万リナールの合計七一万リナールよ。」
「な、ななじゅういちまんりなーる⁉︎」
面食らった様子のエリー。今の物価や貨幣価値は分からんが、それなりの大金らしい。
「声が大きいわよ。」
「す、すいません。」
「ギルドに預ける?」
「あ、えーと明日ガンツさんの所に行って防具を揃えたいので…。」
「あら、それはいい心がけね。じゃあ落とさないように気をつけてね。」
「お、落としたりしませんよう。」