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5.冒険者ギルド

 鬱蒼うっそうとした森の中から出てみると、暖かな日差しに照らされる。季節は春から初夏のようだ。


 森から出た所で火を起こし、熊肉を焼いて昼食を摂る。少し休憩してから、火を始末して再び歩き出した。森から離れた街道まで出て、街道を北に向かって進む。やがて日が傾き始めた頃、高い石壁が見えてきた。


「あ、見えた!あれがテレーズの町だよ。」


 エリーが弾んだ声で言う。帰ってこれて嬉しいらしい。


『町を壁で囲んでる?魔獣除けの結界はないのか?』


 かつて相棒と旅した頃にはこんな風に壁で囲われた町など無かった。町の中心に魔獣の嫌う魔素マナの波動を発生させる魔導器が設置されていて、町に魔獣を近づけさせないようにしていたのだ。重要施設には防壁が設置されていたが、それも魔術による強化や結界と組み合わされていて、ここまでの高さは必要無かった。


「魔獣除けの結界?ああ、業魔大戦以前はどの町にも結界魔導器があったんだっけ。でも大戦以後は前ほど小型で低燃費の魔導器が作れなくなっちゃって、今は

大きな都市にしか設置されてないよ。それに今はそういう都市も城壁に囲まれてるし。」


『そりゃ何でだ?』


業魔ごうま対策。魔獣用の結界は業魔には効果が無かったからだって。」


『…なるほど。』


 これも業魔大戦の影響か。マジックバッグの話を聞いた時、大戦以前と比べて技術レベルがかなり落ちているようだと思ったが、どうやら予想通りだな。


 あの当時世界最大最強にして最先端の魔導器技術を持っていた魔導帝国が業魔どもに短期間で完全に消滅させられた事で、高度な魔導器関連技術が根こそぎ失われたらしい。魔導帝国以外では作れない物が多かったし、国策で技術の流出には神経を尖らせていたから、あそこがやられたのは人類にとって人命以外にも極めて大きな損失だったのだ。そして四百年経ってもその損失を取り戻せていないようだな。


 まあ無理もない。あの時この世界の人類は滅亡の瀬戸際まで追い込まれたのだ。それを思えば良くここまで復興したというべきだろう。


「もっとも大戦以降業魔が現れたことはないけどね。」


『…そいつは何よりだな。』


 俺の言葉に含まれた感慨にエリーは気付くまい。考えて見れば、業魔大戦の惨禍を実際に知る人族は最早一人もいない。四百年という年月は余りに長い。あの大戦を経験して今も生きているのはエルフ族の一部とドラゴンの類ぐらいだろう。


 そのまま城壁に設けられた門に向かう。門番らしい武装した兵士が何人かいる。どうやら人の出入りをあらためているらしい。


『このまま町に入れるのか?』


「うん、私は冒険者の登録証があるから出るのは自由で、入る時は簡単な審査を受けるだけだよ。あ、町に入ったら話さない方がいいよね。インテリジェンスウェポンってバレたら騒ぎになっちゃうし。」


『まあそうだな。取り敢えず他の人間のいる所では俺は黙ってるさ。』


 門に近づくと兵士の一人が声をかけてくる。体の大きな髭面のむさいおっさんである。


「おお、お嬢ちゃん無事だったか。昨日出て行ったきり戻った様子がなかったんで心配してたんだが。」


 エリーの事を覚えていて心配してくれていたらしい。見かけによらずいい人のようだ。


「ご心配をおかけしました。森で迷って一夜を明かしたけど、こうして無事に戻ってこれましたので。」


「そいつは運が良かったな。冒険者は自己責任、て事だから昨日は止めなかったが、武器も持たずに森に行くなんて無茶だぜ。敢えて余計な口出しさせて貰うが二度目の幸運は期待しない方がいいぞ。」


「はい。夜の森で怖い思いして骨身に染みました。こんな事二度としません。」


「ああ、そうしな。ん?お嬢ちゃん大層な剣背負ってるが、そんな物持って無かったよな。どうしたんだそれ?」


「これはその、森で拾いました。」


『落とし物ね。確かにえらくボロいな。まあいいか。それじゃ入門の手続きするからついてきな。」


 まともな忠告をしてくれるあたり、やっぱりこのおっさんはいいおっさんのようである。おっさんの後について門を入ってすぐの詰所らしき建物に入る。


「入門審査だ。冒険者証を見せてくれ。」


「はい。」


 黒い線の入った冒険者証を手渡すエリー。おっさんは確認してエリーに返す。


「後は…剣以外に特に持ち込む物はないか?」


「はい。」


「一応見せて貰えるか?」


 エリーは背中から俺を外しておっさんに渡す。おっさんは俺を眺める。


「随分古そうだな。でも鞘は妙に綺麗だが。まあ落とし物ってのは本当みたいだし問題ないか。通っていいぞ。」


「わかりました。」


 これで審査は終わりらしい。思ったより簡潔である。


「気をつけて帰んな。」


「ありがとうございます。」


 礼を行ってエリーは詰所を出る。そのまま町の中に向かう。


 周囲に人の気配がないのを確認した上でエリーに声をかける。


『このまま家に帰るのか?』


「その前に冒険者ギルドに行って報告しなきゃ…ああ…でも…行きたくないなあ…。」


 エリーは何やら気が乗らないようだ。


「うう、行きたくないよう…でも行かないわけにもいかないし…。」


『どうしたんだ?ギルドに何かあるのか?』


「えーとその、お姉ちゃんの友達がギルドの受付嬢やってるんだけど、私、その人の目を盗んで今度の依頼受けたから絶対怒られちゃう…どうしよう。」


『どうしようったって行くしかないんだろ。今回の件はエリーが悪いんだから素直に謝っとけ。謝れば許してくれるさ。』


「ひ、他人事ひとごとだと思って気楽なこと言わないでよ。あの人怒るとホントに怖いんだから!」


『なら余計早く行くべきだ。嫌な事を後回しにしてもろくなことにならんぞ。』


 相棒は面倒な事を後回しにする癖があり、その結果余計面倒な事態を招いた事が数えきれないほどあった。この子には同じ轍は踏ませまい。


「うう…仕方ないか…。」


『ああ、魔石と爪はいいが薬草はバッグから出しといた方がいい。あれだけの量バッグから出したらマジックバッグだとバレるからな。』


「あ、そうだね。」


 人気のない路地裏でバッグから薬草を取り出す。今の時代マジックバッグの価値がとんでもないことになっているなら、エリーが持っているのがマジックバッグだと知られない方がいいだろう。知れば奪おうとする奴が必ず出る。


 薬草の束を手に、とぼとぼ重い足取りで町の中心部に向かって行くエリー。夕暮れ時だが道には多くの通行人がいて露店や屋台が出ている。なかなか活気のある町のようだ。道を行く人々は人族が大半だが、獣の耳や尻尾を持つ獣人族、エルフやドワーフといった妖精族、そしてそれらの混血と思われる者の姿もちらほらと見受けられる。町を囲う壁同様これも俺にとっては目新しい光景だ。


 業魔大戦以前は人族とこれらの種族は限られた交流しかなく、人族の町で異種族が暮らす事などまず無かった。どちらかと言うと潜在的な対立関係だったのだ。だが業魔の出現がその状況を変えた。業魔たちは人族もそれ以外の種族も一切区別せず殺戮して行った。獣人族の中には絶滅させられた種もあったはずだ。


 業魔という共通の敵を前にいがみ合いなどしていては、まとめて殺し尽くされるだけだという危機感が異種族同士を団結させた。人に類する全ての種族がまとまったのは、この世界の歴史が始まって以来初めての事だった。


 どうやらあの戦いで始まった種族の交流は今になっても続いているらしい。業魔大戦による世界の変化は多々あるようだが、その中で唯一良い方向に世界が変わった点かも知れない。


 道すがら店の看板を眺めてみたが文字は四百年前と大して変わっていないな。町の中央部のメインストリート沿いに木造二階建ての大きな建物が建っており、冒険者ギルドと書かれた看板がかかっている。


 入り口の前で立ち止まり、両開きで開け放しの扉の中を恐る恐る覗くエリー。


 中には多くの人間がいて賑やかだ。会話の内容に耳を澄ます(比喩表現だ)。どうやら依頼を片付けて帰還した冒険者達が、報告と報酬の受け取りに来ているらしい。内部はカウンターで仕切られており、何人かの受付嬢(受付は全員若い女性である)がカウンターの向こう側で冒険者達に応対していた。それぞれの受付嬢の前に順番待ちの行列が出来ている。


「ああ、やっぱりジュリアさんいるなあ。席外してくれないかなあ。そうしてくれれば報告に行けるんだけど。」


 あちらから見えないように扉の陰に隠れながら呟くエリー。この期に及んで往生際が悪いなこいつ。


「お、泣き虫エリーじゃん、生きてたのか。」


 突然背後から声がかけられる。エリーはビクっとして慌てて振り向く。


 声をかけてきたのは三人組の男の冒険者である。年の頃は全員エリーより少し上あたりか?


「ダレン…。」


「薬草取りに森に行ったって聞いたから、今頃魔獣に喰われてるだろうと思ったのに生きてんじゃん。つまんねーなー。そこは空気読んで死んどけよ。それともびびって森に入らずに帰って来たのか?ほんと使えねー奴。どうせビイビイ泣きながら帰ってきたんだろ?ねーちゃんがいなけりゃ何にも出来ない泣き虫エリーだもんな。」


 真ん中に立っているリーダーらしき少年が絡んでくる。こいつがダレンか。後の二人もニヤニヤ笑いながらこっちを見ている。…嫌な顔だな。


「な、泣いてなんかないもん!薬草だってちゃんと取って来たんだから!」


 …泣いてないっていうのは嘘だな。初めてあった時は珍妙な声で泣いていた。


「なんだよ。泣き虫エリーのくせに生意気だぞ。はん、死んでりゃ大好きなねーちゃんと再会出来たのに残念だったな。」


「お、お姉ちゃんは死んだりしてない!私が絶対捜し出すんだから!」


「ふん、一年も行方不明ならとっくの昔にくたばってるだろうよ。お前が捜す?捜したければあの世に行くんだな。このまま冒険者やってりゃすぐに行けるぜ。」


「うう…。」


 目に涙を溜めてダレン達を睨むエリー。さて、向こうから手を出してくれればいいんだが、と思いつつ俺は鉄爪熊アイアンクローベアった時のように魔素の糸をエリーの身体に伸ばそうとした。


「何をしているのかしら?あなた達は。」


 また後ろから声をかけられる。今日はよく背後を取られるな。

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