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3.エリー

 ちょうどいいタイミングで肉が焼けたようだ。


『肉が焼けたぞ。取り敢えず食え。昔俺の相棒が言ってたが、へこんでる時は取り敢えず腹を一杯にしろ。腹ペコじゃ元気も出ないしいい考えも浮かばないってな。』


「あ…ありがとう。…いただきます。」


 少女は礼儀正しくそう言うと肉にかぶりついた。一口齧る。噛んで飲み込む。目を見張り夢中になって食べ始めた。美味いらしい。剣である俺には味や匂いがわからない。俺に出来る料理は肉や魚を焼いて塩を振るくらいだ。彼女の口に合ったようで何よりである。


『で、話を戻すが冒険者ってなんだ?』


 食べさせながら話を再開する。彼女は口の中の肉を飲み込んでから答える。


「え、えーと冒険者っていうのは…一言で言うと何でも屋…かな。町でいろんな雑用したり、魔獣を狩ったり、商人の輸送を護衛したり、遺跡の探索したり、とか。荒事含めていろんな事をしてる。ずっと昔は魔獣退治が専門の退治屋、なんて呼ばれてる人たちがいたそうだけど、今はそう言う人も含めて冒険者って言われてる。」


 …なるほど。相棒の職業だった退治屋は、冒険者という職業に統合されたらしい。ついでにもう一つ聞いておくか。


『わかった。もう一つ聞きたいことがあるんだが…業魔ごうまとの戦争からどのくらい経った?』


「業魔との戦争って…業魔大戦のこと?それなら今は新暦三八五年だから…大体四百年かな。」


 また知らない単語だ。


『新暦?』


「業魔大戦が終結した年を元年にした暦だよ。あなた新暦も知らないって一体どこにいたの?」


『その新暦とやらで言うなら四◯年くらいからずっとここで寝てた。』


 ざっと三百五十年。我ながらよく寝たものである。


「はあ、道理でボロボロなわけだね…。」


 少女は俺の本体を見ながら呆れたように言う。確かに俺の本体は苔とサビまみれで見た目はボロボロである。三百年も風雨に晒されていたのだから仕方あるまい。


『ほっといてくれ。で、俺のことはいいとして、お前さんの方はこんな森の中で何してたんだ?』


「う…わ、私は冒険者としての仕事をしてたんだけど…。」


 急にシュンとなったな。


『冒険者としての仕事?魔獣退治か?その割に泣きながら逃げまわってたようだが。あれじゃ仕事にならんだろう。』


「よ、余計なお世話ですー!違うもん。私の仕事はポーションの材料の薬草採取だよ。朝から森に入って薬草集めてたら道に迷っちゃって、彷徨ってるうちにあの鉄爪熊アイアンクローベアに出くわして、夢中で逃げまわってるうちにここに来ちゃったの…。」


 なるほど。道理で人払いの結界を破って入ってこれたわけだ。普通なら人間がこの周囲に近づいてきても、方向感覚を狂わされて別の方向へ行ってしまうはずだ。夢中で走っていたから方向感覚どころの騒ぎではなかったということか。


『だがお前さん、見たところ武器も防具も持ってないようだが、いくら薬草集め目的でも丸腰で魔獣のうろついてる森に入るなんて、状況を舐めすぎだろ。』


「仕方ないじゃない…ああいうのって高いんだもん…お姉ちゃんを探しに行く旅費を貯めなきゃいけないから無駄遣い出来ないのよ…で、でもようやく私にも運が向いてきたし。稼働してるインテリジェンスウェポンなんて王都の研究機関に持っていけば幾らになるか…ああでも王都まで行く旅費がかかる事を考えたらギルドでオークションに出した方が…でもそうするとぼったくりの手数料取られるし…。」


 ぶつぶつ言いながら考え込む少女。…こ、こいつ俺を売り飛ばす計画立ててやがる。


『お前…俺を売り飛ばす気か?いい性格してんなー。命の恩剣売って金に変えようとかドン引きするわー。人としてどうかと思うわー。』


「う、うるさいな。恩剣って何よ恩剣って。いい?人間にとってお金が無いのは首が無いのと同じなの!なりふり構っていられないんだから!」


 まあ確かに。人間にとって金は大事だ。相棒も基本的にいい加減な人間だったが、金のことは努めてきちんとしていたな。小さい頃金がなくて苦労したからだと言ってたが、この娘もその手の苦労をしたらしい。


 ふむ、売られるのはともかくとしてこの森を出る、か。相棒が居なくなってやる事も無くなったし、墓守のつもりでここで眠りについていたが、寝るのにも飽きた。これもいい機会かもしれない。世界が四百年でどんな風に変わったか見てみたくもある。


「と、とにかく私が見つけたんだからあんたは私のものだし!売ろうとどうしようと私の勝手でしょ!」


『お前…状況分かってんのか?周りを見てみろ。お前はそもそも迷ってここに来たんだろ。どっちに行ったらいいかもわからない、おまけにこの森にはお前を追っかけ回した熊以外にも危険な魔獣がウヨウヨしてるぞ。俺はお前がいなくても困らんが、お前は俺の力が無きゃこの森から生きて出る事すら出来ないだろ。そして俺には自分を売り飛ばそうなんて奴に力を貸す理由が全くない。』


「う……じゃあどうすれば良いのよ…お姉ちゃんを捜しに行きたいから冒険者になってお金稼ごうと思ったのに、町中で出来る仕事じゃ毎日の生活費だけでやっとだし、薬草採取なら気をつけてれば大丈夫だろうと思って森に入ってみたら、いきなりこんな事になっちゃうし…ホントどうすれば良いのよ!」


 少女は涙目になって怒鳴る。逆ギレされて泣き出されてもこっちが困る。仕方ない、妥協案を出してやるか。


『いいか?お前は順番を間違えてる。金が欲しけりゃまずちゃんと装備を調ととのえて、それから魔獣と戦って強くなれ。強くなりさえすりゃ金なんか幾らでも稼げる。俺の相棒は本当に強かったから稼ぎはとんでもない事になってたぞ。お前もそうなればいいだろ。』


 少女はポカンとした顔になった後、言い返す。


「つ、強くなるって簡単に言わないでよ。そんな風に上手く行ったら誰も苦労しないってば。」


『だからそこの所は俺が手伝ってやる。少なくとも自分の面倒見られるくらいまで鍛えてやるよ。その代わり俺を連れて行け。今の世界を見てみたい。自分で移動も出来るんだが面倒くさい。人に運んでもらう方が楽だからな。」


「あなたを連れて行けば戦い方を教えてくれるって事?」


『お前に戦って生きていく覚悟があれば、だがな。』


「覚悟…。」


 少女は真面目な顔で考え込んでいる。


『どうする?』


「覚悟か。そうね。私、全然覚悟が足りてなかった。冒険者の仕事は死と隣り合わせって頭では知ってたつもりだったけど、今日本当に死にそうになるまで理解はしてなかった。あなたの言う通り状況を舐めすぎだった。昔お姉ちゃんが冒険者として生きるなら普通の人生とは違う覚悟がいるって言ってたけどようやく本当の意味でその言葉が理解できた。うん、私強くなりたい。お姉ちゃんを探すためにも強くならなきゃいけないんだ。」


 少女は決意を固めた目でこちらを見る。うむ、いい顔だ。


「だからお願いします。あなたの力を貸してください。」


 少女はそう言って頭を下げる。やはりこの娘礼儀正しいな。いいとこの出かも知れない。


『いいだろう。俺は甘くはないから覚悟しろよ。』


「はい!…えーと…あなたの事はなんて呼べばいいの?」


『相棒は俺の事をイオと呼んでた。』


 本名は違うらしいのだが、それがどんな名前なのか俺にもわからないのだ。相棒が名前が無いと不便だと言ってこの名前をつけてくれた。今はこっちの方が気に入ってるからこれでいい。


「イオ…あ、えっと私はエリンジウムっていうの。エリーでいいよ。」


『エリー…か。』


 また思わぬところでその名を聞いた。


「どうかした?」


『いや、なんでもない。まあよろしく頼む、エリー』


「こちらこそよろしく。そういえばまだちゃんとお礼を言ってなかったよね。助けてくれてありがとうございました。あと売り飛ばすとか言ってごめんさない。」


 そう言ってエリーは再び頭を下げる。うむ。ありがとう、ごめんなさい、いただきます、がきちんと言える子はいい子です。最初はちょっとアレな奴かと思ったがいい子じゃないか。


『よし、話がまとまったところで今日はもう休め。明日が俺とお前の新たな旅立ちの日だ。』


「おー!」

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