天の川で夜釣りを_1
満月の美しい夜に、俺は母さんと夜釣りに出掛けた。
二人だけの外出は久しぶりだ。
「俺さ高校出たら働くよ」
人気の無い海岸で俺は撒き餌をしながら呟いた。
「お母ちゃんはあんたが思ってるより強いのよ。心配しなくていいから」
母さんは、そう言うとクーラーボックスからジュースを取り出した。
「少し、休憩しましょう」
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あの世の世界でも四季はちゃんとある。
長く降り続いた雨が止み、七夕が近づくと保育士が子供達に短冊を配る。
「好きな事を書いてくださいね。絵を描いてもいいですよ」
園門の前には、昨夜は無かった笹がくくり付けられていた。短冊が数枚既に風になびいている。
「ねえねえ、瑠璃姉ちゃん。ヒーローになりたいって書いてよ」
翔ちゃんが大好きなアニメキャラクターを描いた短冊を私に渡す。
「この絵の裏だよ、大きく書いてね」
そう言い残すと走って何処かへ行ってしまった。
私は翔ちゃんの短冊を書きながら、自分の短冊に何を書こうか悩んでいた。
「何て書くんだ?」
覗き込みながら博が聞いてくる。
「そうね、あんたの似顔絵でも描こうかしら」
私は自分の短冊に乳汁呑爺の顔を3つ続けて描いた。
「ほう、こりゃ中々男前だ」
博が以外な反応を見せたので内心ガッカリだ。
「おや、どうやらお前以外にも何書いたらいいか悩んでいる奴がいるぞ。二人で相談してみたらどうだ?」
そう言われ部屋の隅を見ると、央くんが白紙の短冊を持って私達のやり取りを見ていた。カーッと頭に血が上る。
「ちょっと待ちなさい!」
私が止めるのも聞かず、博は冷やかすような目で部屋を後にした。
「お前達、仲良いよな」
央くんは私の隣に座ると、自分の短冊を書き始めた。ちょっと何を書いてるのか気になる。
央くんは3ヶ月位前にやって来た私と同い年の男の子だ。切れ長の目に筋肉質で浅黒い肌の中々のイケメンだ。生前、さぞモテただろう。
同い年に、同じ出身地、母親の職業も同じ看護師となると私達はもっと仲良くするべきだと思う。
「何書いてるか気になる?」
「えっ!?」
彼はイケメンな上に人の心まで読み取れるのだろうか?
「あっ、イヤ。その...ごめんなさい。私、そんな顔してた?」
冷や汗が出る。はしたない奴だと思われただろうか?
「いいよ。どうせ人の目に触れるんだし」
そう言うと央くんは私の目の前に自分の短冊を置いてくれた。
【母さんと会いたい】
短冊には綺麗な字でこう書いてあった。
「どう?幻滅した?」
央くんが私の顔を見て笑う
「そんな事無いよ!優しくて素敵な願い事だよ!!」
央くんに、ここまで思われている母親に嫉妬してしまう。でも、央くんを育てた人なんだから私なんか太刀打できない程素敵なんだろう。
「心中だったんだ。俺達」
「えっ、えぇっ!?」
いきなりの告白に思わず変な声がでる。
「俺、頑張って支えて行こうと思ってたんだけどな...」
央くんは悲しそうに呟いた。
「俺さ暫くしたら此処を出るよ。きっとお袋、俺の事探してると思うんだ」
暫く無言の時間が流れると、央くんがまた話し出す。
「お前、俺と少し似ているから聞いて欲しかったんだ」
ちょっと嬉しくて残念な気持ちになった。
私は無言で、3つ並んだ乳汁呑爺の顔の裏に【織姫と彦星が出会えますように】と書いた。
多分あの時、私は央くんに恋心を抱いていたのかもしれない。央くんがお母さんと再開できるように手助けがしたいと思った。
そのお節介が残酷な結末を招くなど露知らず。
天の川で夜釣りを_2に続きます