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リモコン大争奪戦

いしづみの園に訪れるのは殆どが赤ちゃんだ。まだ生まれもしていない胎児達は直ぐに何処かへ行ってしまうが赤ちゃんは暫くの間この園に留まる。


お腹を満たした赤ちゃん達はフリーダム。おもちゃを拾ってはベビーベッドに入れていく子、自分が吐き戻したミルクをコネくりまわす子、オムツを脱いで振り回し床を汚物まみれにする子。

それでも不思議な力でいつも園内は清潔に保たれている。引っ張り出したおもちゃもいつの間にか元の場所に戻る。


観察していると赤ちゃん達にもブームがある事が分かった。最近の流行りはリモコンだ。いしづみの園ではリビングの全ての家電のリモコンを必ず1ヶ所で保管する。赤ちゃんの手の届く場所へは置いてはいけない。各自の部屋のリモコンは各々が自衛する。

うっかり床に置いたままにしておくと魔法で元の場所に戻る前にリモコンは忽然と姿を消す。次に見つかるのは大体便器の中やゴミ箱の中。時間が経てば元の場所に戻ってくるが、水没したリモコンはもう使えない。


保育の場では子供達の流行りを巧みに活用する。

夕方、保育士の渓は外に干していた大量のサラシとオムツカバーを取り込む。サラシは赤ちゃんのオムツだ。

わりと現代に近い生活をしているがいしづみの園では未だに布オムツを使っている。


栗色の髪に長身で端正な顔立ちをしているこの保育士は小さな子供達に大人気だ。某教育番組から抜け出したような笑顔と歌と躍りで小さな子供達の心を鷲掴みにする。


保育士が無垢の床で布オムツを畳みだすと、すかさず暇をもて余した赤ちゃん達が群がってきた。

こういう時に役立つのがリモコンだ。保育士はポケットに入れていた水没済みのリモコンを少し離れたカーペット目掛けて放り投げる。

夕飯前の軽い運動、赤ちゃん達のリモコン大争奪戦の始まりだ。

赤ちゃん達は一斉にリモコン目掛けて移動し、お宝の奪い合いを行う。


「きゃぃやー」


「いやいやいやいやいいぃやーばぶぶぶばばばぁ」


「まんまんまんままままぱぱぱぱぱぱばぁばぶぅ」


赤ちゃんの絶叫の中、保育士は黙々とオムツを畳む。

暫くすると諦めた子達がまた保育士の側に寄ってくる。保育士はポケットを叩いてリモコンを自分の元に戻し、また放り投げる。

この作業は保育士がオムツを畳み終えるまで続く。

おかげで皆、夜泣きも無くぐっすりだ。


化け物並みの速さで大量のオムツを畳み終えた保育士は赤ちゃん達を従え暫く退室する。

室内には最後の勝者である赤ちゃんと私だけが残された。

赤ちゃんは胡座をかきご機嫌でリモコンを両手に持って前後に体を揺すっている。キラキラした綺麗な瞳が私を見つめる。

凄く嫌な予感がする。


「あーあ~あ」


赤ちゃんは自慢気にニコニコ笑う。

次の瞬間、自慢の戦利品が水につけたわたあめのように消えてしまった。


「あっあっああ~」


赤ちゃんは両手を開いたり握ったりして不思議そうな顔をしている。キョロキョロと辺りを見渡しリモコンを探す。残念ながら保育士のポケットの中だ。


「うっえ……えっえっえつ」


とうとうグズりはじめてしまった。小さな子は嫌いではないが泣いている赤ちゃんは少し苦手。


「どうしよう、どうしたらいいかな?よしよし」


私は取り敢えず赤ちゃんを抱き上げてみる。


「キッいやああああああぁぁぁ」


まるでサイレンのように泣き叫ぶ赤ちゃん。これはもうお手上げだ。


「空襲警報発令!空襲警報発令!」


博が笑いながら室内に入ってきた。手にはリモコンを持っている。


「やーい。瑠璃が赤ん坊泣かしてやんの」


博は私の目の前でリモコンを振り回す。


「お願いリモコン貸して!」


私は語気を強めて懇願した。


「赤ん坊はおっぱいちゅっちゅ♪添い乳ちゅぱちゅぱねんねんこ♪」


博は私の周りを歌いながらにやけてぐるぐる廻る。すんなりリモコンを渡すつもりはさらさら無いらしい。

私は仕方なく赤ちゃんを床に置いてリモコンを奪いにかかった。この世の終わりのように泣き叫ぶ赤ちゃん。


「おやおや、君達もリモコンの奪い合いかい?」


戻ってきた保育士は私の足元で泣く赤ちゃんを抱き上げた。号泣からグズりに戻る。


「皆見ているから今日は特別だよ。君だけのために少しだけ歌ってあげる」


そう言うと保育士はゆりかごの歌を歌いはじめた。優しく、柔らかい歌声。赤ちゃんは潤んだ目で保育士を見つめる。瞼がだんだん重くなる。


「そう……宝物よりも抱っこが好きなの……」


保育士がゆらゆらと体を揺らす。赤ちゃんが瞼を閉じると涙が頬をつたった。

少しずつ赤ちゃんの体が透けてくる……


「そっか……もう満足なんだね」


赤ちゃんは光り輝く球体と姿を変えると天井をすり抜け消えてしまった。


「いつかまた会いましょうね」


保育士はそう呟くと博からリモコンを取り上げ、夕飯の準備のために再び退室していく。私と博は少しの間、時が止まったようにその場に立ち尽くしてしまった。


「空襲警報解除~、空襲警報解除~」


博が保育士に続いて退室する。

この日、私はここから子供が消える瞬間を初めて見た。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

廊下では博が保育士を呼び止めていた。ずっと前から抱いていた違和感を確かめたい。


「何故、また会いましょうと言ったんですか?」


保育士はいつもの爽やかな笑顔とは別の微笑みを浮かべている。


「博君。もう直ぐ夕飯だから外に居る子達を呼んできて」


保育士は質問には答えずその場を後にした。

博はそれでも構わず続けて言った。


「ここに来るのは子供達だけだ」



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