宣戦布告
同じ学校と言えど私が通っていたのは全校生徒3500人のマンモス校だ。必ずしも知り合いとは限らない。
しかし、自殺した私はちょっとした有名人になっているかもしれない。できれば会いたくない。
「お姉ちゃんの友達なら僕も仲良くなれるよね」
無邪気な翔ちゃんに私の事は話せない。いや、この園に居る誰にも話せない。
「そうね、でも暫くは向こうから話し掛けてくるまでそっとしといてあげましょう。大切な人達と別れたばかりだから」
私は精一杯違和感の無いように応えた。
だけど、次の日も次の日も翔ちゃんの言う新参は現れなかった。自分の死を受け入れられないのだろうか? または既にひっそりと消えてしまったのだろうか?
「何描いてるの?」
珍しく雪子が話しかけてきた。
私は記憶の中にある秋枝の親の顔をどうにか再現しようとしていた。雪子がじっと私の絵をみている。もしかして自分の親だと気付いただろうか・・・。
「何それ、タヌキとキツネの化け物かしら? あなたもしかして不器用さん?」
これでも小学生の時はクラスで画伯と言われていたんだが。
ここに長く居ると昔の記憶は摩耗していくのだろうか? もしかしたらヒントを与えても無駄骨に終わるのかもしれない。
「素敵な絵ですね。ご両親ですか?」
保育士が覗き込んできた。
「瑠璃ちゃんの絵も掲示板に貼りましょう」
「これはまだ途中だから」
「そうですか、残念ですね」
最近、保育士がやたらと私に話し掛けてくる気がする。監視をされているようなこの煩わしさは前にも感じた事がある。私はこの頃になると保育士に若干の恐さを感じていた。
「ねえ秋枝、あなたお父さんとお母さんの事どこまで覚えてる?」
ドキッとした。雪子が唐突に秋枝に話し掛けたのだ。
「お父さんとお母さんは、とても優しい人だったわ。……ただ、それだけよお姉ちゃん」
「そう、ならいいのよ」
雪子は何を思って、秋枝にあんな質問をしたのだろうか? 雪子はその後、静かにリビングを後にした。
雪子を追いかけなくては、私は咄嗟にそう思った。
ガッシャ――ン!!
画材が床に散らばり、皆が私を注目する。
「大丈夫?」
保育士が散らばった画材を拾いながら私を気遣った。そして、私にだけ聞こえる声で密かに囁いた。
「……お節介は焼かない方がいいよ……自分の事だけ……自分の幸せだけ考えなさい」
恐かった。まるで、ピーターパンに大人になったら殺すよと言われた気がした。
これは、私に対しての宣戦布告だったのだ。だけどもう後戻りは出来ない…………
「私は私の好きなように動くわ」
私も保育士に囁き返した。こいつには裏がある、直感でそう思った。
子供が望むモノを与える事が、必ずしもその子の幸せに結び付くとは限らない。私は、彼等にとって一番最善だと思う道に導く。未来がある道へと導く。
ここに留まっていても未来は訪れない。
私は今日、あなた達に宣戦布告をする。